『おはなし屋』-space-『およろず』

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英雄の伽《とぎ》 第二章 夜半に切れる蜘蛛の糸

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ここは、本国よりも寒い。

エイルは琥珀色の目を淀ませ、空咳をこぼしながら、
夜霧に煙(けぶ)った坂の街道を歩いていく。

黒い雲に埋もれた満月は、切れかけの電球のように弱々しく明滅しており
唯一の光源としては、まったくもって頼りない。
前屈みに進んでいたエイルは
ようやく坂を登りきり、深々と白い息をついて顔をあげた。
「……いつ見ても、良いな。此処は」

声音よりも吐息の勝った囁きは、突然響いた鐘の轟音に掻き消された。

眼下にひろがる、赤と黒。
山肌の黒、空の黒が折り重なった漆黒の底に、
マグマのような赤い街灯りが溜まっている。
街を囲い、空に届きそうなほどに聳(そび)えた山肌には、
赤いふもとから山の中腹にかけて、
糸のような山しるべの光が一本、這いあがっていた。

空から降りてくる、カラスの声と、墨色の羽々。
視界のなかでちらつき、ふいに鼻先をかすめた一片を手ではらって、
エイルはひどく冷めて呟く。

「……天国みたいだ」

警鐘が鳴り響いている。
街へと下る街道は、血だまりに俯せる死体で埋め尽くされている。
むせかえるような、鉄の臭い。
どの死体の傍にもナイフの鞘や、血糊にまみれた剣が落ちており、
エイルと同じ緑の軍服を着た死体はひとつもない。
ぼろぼろの黄ばんだローブを着た、若い女子供の死体しか無かった。

「───どの辺が、天国なんですか?」

不意に、艶(あで)やかな声が響く。
エイルの前方。死体の道の中から、ふらりと人影がたちあがる。
燃えるような街の赤に映える、踝(くるぶし)丈の黒いロングコート。
目深にかぶった制帽をとり、ショートの黒髪を軽くゆらして、女は微苦笑する。
袖口からのぞく女の両手は、べっとりと血に濡れていた。
小首をかしげた女を、見据えるエイル。
やがて彼は、伏せがちに顔をそむけて呟いた。


「死人しか居ない」


それも生前はおそらく、───罪も無き。




英雄の伽《とぎ》 第二章 一日目 ───夜半に切れる蜘蛛の糸




小国ヴァルシスの心臓部。別名、シャイエの墓。
100年前、建国者である英雄シャイエがここで処刑されて以来、
長きにわたり「王の不在」を保ち続けてきた、ヴァルシスの首都である。
今回の紛争で、敵国であるアリオンが最も侵攻に手こずった区域であり、
イヴを含め、ヴァルシスの風雲児たちが最後に集い、倒れた、落城の地でもある。

警鐘が鳴り続いている。

誰も居ない大通りを、エイルは女と並んで歩いていく。
「独りで出歩かないほうがいい。ただの医者だろう、君は」
「軍医ですよ。残党狩りがあったので、後処理を」
女はポケットに突っ込んでいた紅い右手をぬき、エイルの袖口をきゅっと握った。
女の手首には、かすかに明滅する蒼のペンデュラム。
「不気味だな」
「……ですね」
女は、赤く照らされたあたりの廃墟を見回している。
エイルは、女が掴んだ方の腕を、目高にひきあげた。
「君がだよ。ロンド」
ロンドはきょとんと、エイルの袖にぶらさがっている自分の手を眺める。
きっかり、2秒間。
「……ッ!」
手を引き、ロンドは飛び退る。
エイルはどこか据わった目で、血のついた腕をおろした。

「誰だ?」

ロンドは、戸惑ったように自分の手首をおさえている。
エイルはゆっくりと、ロンドに歩みよる。
顔をそむけているロンドの顎をとらえ、正面にひねるエイル。
彼はついに、彼女の怯えた目を見据えた。

「誰を匿(かくま)ってる?」

ロンドは肩を強張らせたまま、エイルを睨み返した。
「誰も。ただの猫です」
「猫は袖を掴まない」
「くわえる口はありますよ。戦ばかりで、そんなことも忘れたんですか? 
 ウェリテリセ大尉」
エイルは、ロンドの手首に巻きついたペンデュラムをむしり取る。
透明な蒼石の中で、ちいさな光の点がひとつ、さまよっている。
エイルは眉間に深く皺を刻み、石をロンドの鼻先につきだした。
「殺せ」
揺れる石を追わず、ただエイルを凝視するロンド。
「猫なら殺せるだろ」
これ以上にないほど、黒瞳を見開いた後、
ロンドは、肩をおとしてうつむいた。
「……殺せますよ」
頤(おとがい)をあげ、
ロンドはペンデュラムごと、エイルの手を握りしめた。

「───何だって。」

血の気がうせるほど、強く。
おり重なった指の隙間から、燐光がこぼれた。
ふたりの間を分かつように、光が集まる。
それは、五体満足の子供のシルエットをかたどり、

「……───」

ロンドはかすかに、口をうごかした。
小さな、贖罪(しょくざい)の言葉だった。
人型の光がひび割れ、煌めく粒子が舞う。
光の砂を振り落とすように、ふるふると頭をふる幼い少年。
黄ばんだローブを着た彼は、ロンドを見上げ、不安げにつぶやく。
「もう、危なくない……?」
ロンドの袖に、手を伸ばそうとする少年。
ロンドは、少年を見下ろしている。
コートのポケットから抜かれた紅い右手には、細身の拳銃がにぎられている。
とても哀しそうに、ロンドは微笑んだ。

「危なくないよ」

左手で、少年の両目を覆う。
ロンドは少年の首筋に、銀の銃口をそっと押し当てた。






「ねえ、エイル」
紅い街灯。
廃墟に囲まれた大通りのさなかに横たわる、小さな子供の死体。
その傍に立ち尽くしている、死神のような格好の女は、力なく拳銃を取り落とす。
開いた背中の切り傷と、さらに真新しい首の銃痕から血を流す遺体を見下ろして、
ロンドは心底つらそうに、かすれた声を絞り出す。
「君は、……本当に変わったね」
エイルはロンドに背を向けたまま、虚空を見つめて呟く。

「慣れただけだ」
声こそ、淡泊な音だったが。
「お前も、同じだろ」
エイルの憂いげな目にはわずかに、たゆたう膜がともっていた。

靴音を響かせ、紅い闇に消えていくエイル。

ひとり取り残され
かくっと膝をついて、ロンドは涙をこぼした。
「慣れて、ないよ」
赤くなった少年のローブをたぐり、胸元に押しつけて、
ロンドは子供のように泣きしゃぐった。


「慣れたく、なかったよ……!」


遥か遠くの山肌に這っている、ひとすじの光。
山むこうにある、楽園と呼ばれた隣国アリオンへの道しるべとして、
建国者の英雄シャイエが作らせたそのしるべは、山なかばで途切れている。




楽園に届くことなく、途切れている。





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神話の終わり

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キャラメルエクレールラテ

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井上雄彦 バガボンド画集 『墨』

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英雄の伽《とぎ》 第一章 一日目 ───黄昏

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猛獣の扱いの方が、まだ愛されている。
側面の板間から細く、夕陽が射すコンテナの中に足を踏み入れ、
エイルは眉をひそめた。

鎖の擦れる音がする。

コンテナの中央に置かれた、中型犬一頭がなんとか入れるほどの黒檻の中に、
少年は仰向けになっていた。
首輪の鎖は檻の天をとおり、コンテナの天井の杭に繋がれている。
白い拘束布で、腕ごと一纏めにくるまれている華奢な上半身。
皮と爪がむけ、血の滲む素足は、力なく格子の外へと投げ出されている。
少年はきちきちと鎖を鳴らし、虚ろな紫紺の目を、コンテナの入り口へ向けた。
幾重もの夕日の線をゆっくりと踏み超え、エイルは檻の前に立つ。
覇気のない
まるで覇気のない、かつて戦鬼と恐れられたという少年に、
エイルは軍服の片膝をついて言った。
「アリオン連合国第一師団所属・第三隊隊長、エイル=ウェリテリセ大尉です」
こちらを見たままぴくりとも動かない少年に、エイルは僅かに身をかがめ、声を近づける。
「アリオンの首都まで。私が貴方を、護送す───」
「ゴソウ」
少年は、かすれた声で呟いた。
顔をめぐらせ、天に繋がれた鎖をぼんやりと眺めて、
「首は、あげるよ」
檻と光。二重の格子と鎖に縛られ、少年はうわごとのように言った。
「体は置いていって。墓をもう用意してるんだ。
 心臓は、そこに埋めたい」
「出来ません」
きちきち、ち、ち。
鎖を鳴らし、少年はエイルに、顔を向けた。
感情の読めない、ただこちらを凝視する一対の紫紺を見据え、
エイルは厳かに言い切った。
「貴方を、アリオンの首都で処刑します。
 遺体は残りません。首も。体も。
 ───心臓も」
「……そう」
少年は再び、暗い天井へ繋がる鎖を見上げた。
「そうか」
エイルは、伏せがちに立ち上がる。
入口からの夕陽を灯していた少年の瞳が、エイルの影に覆われて光を失う。
踵をかえし、エイルはコンテナの入り口へと歩き出す。
開け放たれた扉から見える、薄墨で書いたような山々と、金の平原。
険しい山あいの遥か上で、雲間にかかっている夕日。
溶かし込まれたような、淡い橙の空。灰色と、鮮やかな白雲の隙間から、
細い金の光が大地へ射している。
レンブラント光線。
別名 天使の梯子。
「天国みたいだろ」
背後からの穏やかな声に、エイルは振り返る。
少年は未だ、コンテナの天井を見つめている。
首輪の鎖が穿たれた、空も、天国の似姿もない天井を、物柔らかに見つめている。
ふわりと紫紺の目を閉じて
少年は笑った。

「僕は、この国が好きだよ」

息を吞むエイル。
少年の横顔を、食い入るように見つめる。
やがて凜と見据えてきた少年に、エイルははじかれたように一瞬、目を逸らした。
「何日後?」
少年の声は、一転して森厳だった。
エイルが目を見張るなか、
鎖を騒がせることなく、ゆっくりと体を起こして、少年は鉄格子に背を預ける。
銀の髪に紫紺の目。いまは痩せ果て、華奢な子供にしか見えないが、
1ヶ月前までは戦場のただ中で大勢の兵士を嬲り殺していた『ヴァルシスの英雄』。
今の今まで、死んだような目をしていたのに。
「処刑は何日後?」
口だけを動かし、射殺すような目で微笑む少年に、
エイルはすっと 目を据わらせた。

「7日後だ」

少年に背を向け、世にも美しい世界に向かって、エイルは呟く。
「短い付き合いだが。君のことは、何と呼べばいい?」
「どうにでも、好きなように。昔は、───」

声が途切れる。
エイルは振り返らない。
更に地上深くにおりた光の梯子を、見据えている。
背後におちる、嘲笑のような、かすかな吐息。
金色の平原が、風に煽られて泣き啼いた。

「もう誰もいないけど
 僕の仲間は僕を、イヴと呼んでいた」

視線をおとし、エイルは右の口角だけを吊り上げた。
後ろ手にコンテナの扉を閉め、馬車の荷台から飛び降りて前へ回り込む。
御者台には首なしの兵士の死体。
槍や剣で切り刻まれ、ほとんど原型がない馬4頭。
馬車の前面。コンテナの扉から見えない平原は、見渡す限り、
深紅の液体で水びだしになっている。
ただ、それらの元手となったであろう物が、無い。
エイルは軍服の下に身につけていたネックレスを外す。
蒼い石のペンデュラムが付いたそれを固く握りしめ、エイルは自嘲気味に呟いた。
「幸せ者だな。君は」
血が零れる拳を、コンテナの側面に押し当てる。
どす黒く変色した外壁に、円形の蒼い紋様が浮かんだ。

突如、コンテナ全体が蒼白く発光し、背景の橙に透けていく。
蜃気楼めいたその姿は音もなくひび割れ、砕けて、
さらさらと流れこぼれる燐光のかけらは、拳の中に吸い込まれるように消えていった。
もうひとつ、胸ポケットから蒼のペンデュラムを取り出す。
深紅の中央にひとり立ったエイルは、
ゆるやかに、蒼石を放り投げた。
「───居たのに」
コツンッ。
放られた蒼い粒は、土から顔をだしていた子供の頭ほどの岩にぶつかった。
「まだ」
風が、啼く。
嘆くように湧き上がった世界の音に、エイルはただ煽られ、立ち尽くす。



「こんなにも」



あとには
世にも美しい、天国の似姿と
見渡す限りの、五体不満足な人間の死体と
ひとり項垂れる 勝国の英雄だけが残された。



next episode → 第二章 一日目 ───夜半に切れる蜘蛛の糸


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英雄の伽《とぎ》 序章

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気持ちいい。
僕は そう思った。
四方上下を石壁に囲まれ、何の灯りも無い空間。
音もなく、風の流れもなく、自分の目が開いているのか、閉じているのか、
どちらにしても大して変わりないほどの暗闇のなか、
おそらく、時間だけが流れている。

何も拠り所のない、たぶんこの空間の真ん中に、僕は座っている。
のばせるだけ伸ばした右手に、ひやりとした石壁が触れた。
結露した水が指のあいだを這って、滴る感触。かじかんで、軋んでいく関節。
濡れた手を口元に運び、口に含む。
自分の体温とはちがう、遥かに冷たいものが喉元を通っていく。

僕に備わる五感のうち
いまや 触覚だけが
僕が今 生きていることを確認させてくれる。

僕は
この空間が好きだ。
世界で一番、美しくて華やかな場所よりも
この ただ終身刑を待つ独房の中が世界で一番好きだ。

僕は、ふと首をもたげた。
地唸りのような音が、聞こえる。
不意に、闇の中に、白いひとすじの縦線が浮かび出た。
あれは───。
この独房にはとんと、縁もゆかりも無かったもの。
そうか。あまりに遠のいていて、呼び名さえ霞んでいた。
光。
こじ開けられていく岩戸から射す白に、思わず顔を背ける。
くらむ視界のなか、
深緑の血管がういている、骨と皮しかない青ざめた手が
黒い石畳に根をはったように広げられているのが見えた。

気持ち悪い手。

不気味な手に釘付けになっていると、腕を強く引っ張られた。
僕は軽々と石畳から引き剥がされ
光のただ中に、引きずり出された。
視界が焼かれた。世界が翠か朱か、どちらともつかない色に塗りつぶされる。見えない。
僕は首輪についている鎖を引っ張られ、光の中で千鳥足をふむ。
進んでいるのか、曲がっているのか、登り坂なのか、下っているのか
冗談じゃない。意味がわからない。
独房の中に戻りたい。
僕は足を止めた。
つぶれた目で歩くより、止まった方が安全だ。
僕はもう、どこにも用は無いんだ。
「歩け」
「独房に戻して下さい」
「歩け」
僕は、鎖を大きく鳴らして、看守の腕を振り払った。

「離せ」

朱か翠が明滅する視界の隙間で、
僕は看守の血走った目をかすめ見る。
瞳孔が開いてる。眼球がこぼれおちそうなくらい、見開かれた目。
いまにも僕を
ぐちゃぐちゃに嬲り殺しそうな目。
見覚えがある。
何千回 何万回。僕はこういう目を見てきた。
僕は。

「ぐ……っ!?」
両足が宙に浮く。
僕の首輪の鎖を、看守は自分の肩に引っかけて歩き出した。
看守に遠く身長の及ばない僕は、
彼の背に鼻頭を何度もぶつけ、首を引き攣らせ、目を剥き、四肢を垂れ揺らして、
苦しげに喘いだ。
つぶれた視界は戻りつつあったが
今度はチカチカと白んだ視界のなか、僕は
等間隔に通過する、天井の橙の灯りを見送るばかりだった。

ほら
だから僕は
独房の中の方が好きなんだ。
独房は世界で一番、平和な場所なんだ。

はやく、僕をあの場所へ 帰して。

天井の灯りを見送り続けていると、鉄格子の仕切りを通り過ぎたのが見えた。
僕はこの刑務所で、最も奥まった場所にいたはずだ。
表に連れ出そうとしているのだろうか。
免罪などありえるはずもない。
ではこれは、処刑の時なのか。
僕はとうとう、首輪ごと首を外せるのか。

「殺してくれるんですか」

出し慣れていないせいで、すっかり嗄れた声で僕は尋ねた。
看守はふと、踏み出す足を緩めて、答えた。

「まだだ」

足早に歩き出した看守の背に、僕は鼻頭をめり込ませる。
視界が、さらに白んでくる。
まだなのか。
まだ僕は楽になれないのか。
騒がしく眩む視界が、霞んでぼやけていく視界が目障りで
僕は目を伏せる。
頬を 温かい何かが伝う感触が した。




「見せしめ、ですか?」
「そうよ」
朱を基調とした、毒々しい部屋である。
朱の壁。朱のベットシーツ。橙の艶めかしい灯り。象を5頭いれても
釣りがくるほどの天井高と広さ。
その中央に置かれた紅い一人掛けのソファに腰掛けて、
黒い喪服のドレスを着た少女は、伏せがちに呟いた。
少女の前に直立していた深緑の軍服姿の青年は、かすかに眉根をよせる。
青年の胸元には無数の勲章が付けられており、端整な顔の右頬に、
古傷の跡が残っている。
青年は躊躇いがちに、だがしっかりと少女を見据えて、呟いた。
「まだ、続けるおつもりで」
「これからよ」
艶やかな唇をちいさく動かし、虚空を睨めつけて、少女は囁く。
「彼が一番、私の部下を殺した。そうでしょう。彼はあの国の英雄だった」
すっと青年を見上げた少女は、翠の目を大きく見開いている。
栗色の髪。白い肌。大きな翠の瞳は長い、青みがかったまつげに彩られている。
瞬きもせず、少女は強張った顔のまま、かくりと小首をかしげた。
「あなただって、私が負けたら同じようなことをされたわ。エイル。
 あなたは、私の国の英雄。あの国の人間を、一番多く殺した。そうでしょう」
青年───エイルは無言で、腰に下がる剣の柄を握りしめた。
気狂いの人形のように首をもたげた少女を、臆することなく見つめかえす。
「あの少年も首都で、処刑なさるのですね?」
「あの子供こそ、私の民の前で殺す」
エイルの瞳を凝視したまま、少女は立ち上がる。
思わぬ風に押され、体をとどめる依り木を抱き込むように、
少女はふらりとエイルの胸に寄り添って、頤をあげた。
「連れてきて。もうすぐ近くを通るから。彼の護送に付き添って」
愛らしい笑顔。
まるでお菓子をねだる、少女のような。
エイルは無表情で、その笑顔を見下ろした。
瞬きもなく、口の形も寸分変わらぬ、貼り付いた笑顔。
ふとエイルは、口元だけに微笑みを浮かべる。
「仰せの通りに。陛下」
陛下。
そう呼ばれた少女は、満足そうに頷き、一瞬のうちに、笑顔を消し去った。
「7日後までに、首都へ」
エイルの傷のある頬に、小さな白い手が添えられる。
「早く連れてきて。エイル。私の」
言葉は最後まで、残らなかった。
朱が割れる。
空間の端に吸い込まれるように、紅の部屋が掻き消えていく。
散り散りに少女の顔や体が裂け、砕ける。ただ、頬に添えられた手だけがしぶとく残った。
朱の隙間に、落ち窪んだ古いベットや穴の開いた床板が垣間見える。
エイルは少女の首から上が完全に消えた時、
頬に張り付いたままの手をぞんざいに払いのけた。

朱が消えた。
そこは毒々しい部屋ではなく、全長10歩も無い木造の小部屋だった。
軍の宿舎代わりに使われている、廃墟のホテル。その一室である。
天井の薄ら白い灯りが、か弱く揺れている。
エイルは疲れたようにベットに腰をおろし、頬を手の甲で拭う。
古傷を上書きするような、紅い爪痕が浮かんだ、頬を。



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概要

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敗戦国の英雄と
勝戦国の英雄。

敗戦国にて英雄と謳われた少年を自国の処刑台まで護送するのは、
エイルという、英雄と誉れ高い勝戦国の軍人だった。

少年はわずか14歳。
スラム街で生まれ、生きた、親のない少年。
エイルは、わずか25歳。
名家に生まれ、生きた、名実共に傷のない青年。

英雄と呼ばれるには些か若いふたりの道中。
少年の処刑までの、二人の交錯を描く。

これは
ある英雄がこの世を去るまでの、話。


シュレディンガーの猫へ

あまた、シロウサギ。

「かわいー」
ああ。
「気味悪い」
とても聞き慣れた音だ。

「ニャンコオオオオオッ!!!!」

ニャンコ。
私はしばしば、私をそう呼ぶ生き物に遭遇する。
街中の路地で私と出会った時、その生き物は逃げるか素通るか、
もしくは布袋のなかから突き出た、
二本のミミズのようなものをピーンとこちらに伸ばして突進してくるか……
いずれにせよ、どうにも得体が知れない。

あれは何なのだ。

私が2本足で立って、前足を真横にぶらさげて、全身の毛を丸刈りにしたら、
案外ああいう生き物になったりするのだろうか。死んだ方がましである。
あの、布袋から突き出たナマ色ミミズが。もうどうにもこうにも気持ち悪い。
ミミズの先っぽが5つに分かれていて、
さらにバラバラに蠢く(うごめく)さまなど見ていて怖気が走るほどだ。


あの不気味な生き物の名前は分からないが
私は彼らを仮に、「ネコ」と呼ぶ事にしよう。


「ネコ」はとにかくブキミである。
木の葉がたくさん舞い落ちる頃。
私が神社の石段で、ほんわりとした日なたとそよ風にウトウトしていると、
奇声をあげ、地響きを轟かせ石段を駆け下りて、
「ネコ」は私を踏みつぶそうとしてくる。

「こんのウンコ! いつもウンコしよってからに!!」

私がそれをヒラリと交わすと、今度は木の棒を、私のケツや頭に叩きつけてくるのだ。
私はたいてい、石段の両側にある鉄の柵をくぐり、「ネコ」の猛攻をかわす。
すると「ネコ」は、武器を天高く振り回しながら、雄叫びをあげるのである。

「もう来るんじゃないよ!」

何と言っているのだろう。まあいい。
ここは最高のウンコが出来る、お気に入りの場所なのだ。
「ネコ」ごときに譲れまい。あいつとはどうやって縄張りを争ったらいいのだ?
とにかく明日もウンコをしに来よう。


「ネコ」はとかく、意味が分からない。
私のことを好いているのか?
私をどう思っているのだ?
どいつもこいつも区別がつかないのに
会う奴会う奴、反応が違うので理解に苦しむ。


おまえは一体、いつの「ネコ」なのだ?
それとも、一度も会っていないのか?


桜が舞い散る頃だと、「ネコ」は一層、気狂いになる。
奇声をあげてただただ、桜の下でのたうち回る「ネコ」のそばに寄ると、
「縁起ワリイイイイイイイイイイイイ!!! ゲラゲラゲラ」
酒瓶が脳天に落ちてくる。

私の親友の話によると、彼らの雄叫びにはさして何の意味も無いらしい。
我々なら、「ニャアオ」。で済む話を、(ニャアオ、には無限の可能性が在るのだ)
「言葉」という、ひどく難解に分類された雄叫びを好んで使い、
延々ととりとめなく叫びあうことに生き甲斐を感じ、
あのナマ色のミミズを相手のケツやら口やらに突っ込んで愛をたしかめ、
最後には土に頭を突っ込んで死ぬのだという。

なんと不気味な。
まさに化け物である。

だが私には、ひとつだけ見分けの付く「ネコ」がいる。
その「ネコ」はとても小さい。
彼と会うのはだいたい夕方ごろである。
私がそびえ立つブロック塀の間で涼をとっていると、
飛び出そうな黒のめんたまをキラキラさせ、あの気味悪いミミズの触手をワキワキ蠢かせて、
道路に腹ばいになって私を見つめるので、その「ネコ」だけ区別がつくようになった。
彼はいつも、私に問う。

「ねえねえにゃんこさん、ぼくの弟にならない?」

なんと言っているのだろう。
私にはおそらく一生、分かることはないのだろう。
しかし私はいつも、彼にだけは問うのだ。

「ニャアオ」

おまえは何と言っているのだ? と。
すると彼はいつも、口を三日月型につりあげ、目をいっぱいに見開いて奇声をあげるのだ。
じつに不気味である。不気味だが、どうも……愛らしい気もする。
蠢く触手を、ガバーッとこちらに伸ばしさえしなければ。
いやはや。それだけはご勘弁。
触られたくないので、私はつねに、ひらりと塀の上に逃げる。
すると彼は、首を直角にそらして私を見上げ、
目から塩辛い水をボトボト落としながら、こんな奇声を発するのだ。

「うそつき」

何と、言っているのだろう。
私には一生、分かることはないのだろう。
私は唯一、そして無限に可能性のある言葉を、再び彼に言うのだ。

「ニャアオ」

冬が来た。
春が来て、夏が来て、秋が来た。
例の「ネコ」は、私が見かけるたび、体が大きくなっていった。
なんと不思議な生き物か。
そしてあの触手もぐんぐん伸びていった。5つのミミズも、それはそれは長くでかくなってしまった。
一度天を覆われたら最後、逃げ切れる気がしないので、
私はあの触手が届かないよう、彼との距離をすこしずつ、離していった。
あれに触られるのだけは嫌だった。

「にゃんこ。俺の弟になる?」

私と同じ目線で、彼は聞く。
もう塀に登っても、彼が私を見上げることはない。
そろそろ私は、彼の発する奇声の意味を知りたくなってきていた。
私は言う。何度でも言う。

「ニャアオ」

おまえは、なんと言っているのだ? と。

冬が来た。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て───

ある日、「ネコ」は、ネズミ色の服を着て、ネズミ色のひもで首を締め上げて、
かつかつと音のする靴を履いて、私の塀にやってきた。
彼はとうとう、塀の上の私を、見下ろしたのだ。
「やあ。にゃんこ」
「ニャアオ」
「もうおじいさんだなあ……土産を買ってきてやるよ。
 いい子で待ってるんだぞ?」
「ニャアオ」
ああ。今日もこの「ネコ」は元気のようだ。

それは、良かった。



彼はその日、夕方に帰ってこなかった。
何故なのだろう。彼は私を見上げていた頃から、陽が落ちる前にはここを通っていったのに。
幾年も、幾年も。
体の大きさが変わっても、あの触手がぐんぐん伸びても、それだけは変わらなかったのに。
私はひらりと、塀から飛び降りた。
住宅街を抜け、誰も通らない、川沿いの桜並木を忍ぶように歩いていく。
地面にこびりついた桜の花。雨のしみと、朽ちた醜さ。
それを延々と目にしなければならないから、葉桜の道は嫌いだ。
手に足に、ピトピトくっつくのも心地よいものではない。
それに。
あの「ネコ」は、どこへ行ったのか?
なんとも不安な気持ちになる。
毎日毎日、顔を合わせていたわけではないのだが───

この胸騒ぎ。あの不気味な生き物なら、「難解な分類の雄叫び」とやらが本当にあるのなら、
ずばり、この不安を言い当てることも出来るのだろうか。

「ニャアオ……」

私には、分かるはずもない、事であるのだが。


───そして、私の意識は飛んだ。
不意に足を止めたのがいけなかったのか
ただそこに突然現れた、とんでもなく馬鹿でかい「ネコ」の乗り物がいけなかったのか
つまりは

ニャアオ。
そういう、ことである。






「これ、ですかねえ……」
その夜。
あの塀の近所の交番に、ある青年が落とし物を尋ねに、訪れていた。
深刻な顔でパイプ椅子に座る青年の机の前に、茶色の段ボール箱を置く警官。
青年は、黙ってその箱を見つめている。

「えー……と、ですね。さっきの玉突き事故に巻き込まれたのは、この子だけでして。
その……ノラのようだったので、処分しようと思っていたところで。
……中身は、御覧にならない方が……」

青年は、その箱を見つめてただ、呆然としている。
物言わぬ箱の輪郭を、そっと手のひらで撫でて、青年はぽつりと呟いた。

「……シュレディンガー」

不意に哀しそうに笑い、青年は困った顔の警官を見やる。目には涙をためている。

「シュレディンガーって、呼んでいたんです。勝手にね。
 全然触らせてくれないし、懐いてくれなくって。
 そのくせ、絶対に返事はしてくれるんですよ。
 俺のこと嫌いなのか好きなのか、こいつの中身は一体、どうなってるんだって。
 ずっと思っていました」
「シュレディンガーの、ネコですか」

警官はますます困ったように笑って、箱を青年からそっと、取り上げる。

「やはりこれは、開けない方が良いでしょう」
「いえ。その中のネコは、死んでます。確実に。そうでしょう?」

困り顔の警官から、青年はふたたびやんわりと、箱を取り返す。
青年は笑って、涙をためた目を伏せた。

「うちの弟が、お世話かけました」


青年は、夜道を歩いていく。腕のなかに、茶色の箱を抱えて。
住宅街。あの塀の上───例のネコはどこにも居ない。
ふと塀の前に立ち止まり、青年は誰にも聞こえないほど秘やかに、塀に向かって囁く。

「……俺の弟になる?」

青年は、すこし考えて、ほんのすこし哀しげに、そしてとても愛しげに───



「……じゃあ、 帰ろうか」



とても愛しげに、箱を抱きしめたのだった。





FIN.

浮気する男

未分類

ああシャネル

未分類

ココ・アヴァン・シャネル

未分類

相対のない幸せ

あまた、シロウサギ。

 俺の脳を見てくれ!


診察室に駆け込むなり、寝台に滑り込む男。
男はメスで頭皮を剥がし、さらに、ハンマーで頭蓋を叩き割る。
すると中はどうだ。大きな空洞になっているではないか。
まるで口の中のような、生色の肉壁がつやつやとしているだけで
哀れなことに、中身がない。


 どうりで物事が上手くいえないはずだ。言ってることとやってることがメチャクチャなはずだ。
 娯楽を一切楽しめないはずだ。
 母親の胎内に置いてきたんだ。クソ。
 死のう。


そうやって壁に頭をぶつけて嘆く、男の夢を見た。





「ハラダさん。ご趣味は」
「イエ。全くありません」
 へら、と朗らかに笑って、今年29になる独身男ハラダ ハラオは口いっぱいに水を含んだ。
 手元はカタカタと震え、手からこぼれたコップがころりと机上を回る。
 冷や汗が止まらない。
 そろそろ限界かもしれない。
 ハラダはまた、にへら、と笑ってペコペコとお辞儀をし、鞄を持って席を立った。
「すいません、ちょっとトイレに」
 ハラダの見合い相手であり、ハラダの上司の娘であるその女性は、
 3重アゴを4重アゴにするほどかわいらしく、ちょこりと小首を傾げて微笑んだ。


 トイレに駆け込んだハラダは、個室ひとつひとつを蹴破り、ドアの裏まで覗き込んでから、
 一番奥の個室に飛び込んで鍵を閉めた。鞄の中から薬ケースを引っ張り出し、
 最後のひとつの錠剤を容器から直接、口の中に放り込む。
 目を白黒させながら飲み込み、ハラダはようやく人心地ついたように、鞄を抱いて
 便器に座り込んだ。
 ハラダはこの上なくしあわせそうな笑顔で、呟いた。
「死のう」
 


「あの肉塊が伴侶なんて……」
「肉塊言うな。動いて喋ったんだろ、一応人間じゃないか」
 会社の昼休み。ハラダは同僚の篠原とともに、
 上司の耳の届かぬ、会社近所の公園で、木漏れ日に当たっていた。
 げっそりとやつれたハラダの横で、篠原はコーヒー牛乳をすする。
 その薬指には、銀のリングが光っている。
 食事も摂らず、ベンチの肘置きに頭をのせるハラダを見て、
 篠原は眉根を寄せた。
「お前……大丈夫か? 最近すげえやつれたな」
「寝れないんだよ。病院には行ってるんだけどさあ、総合何とか失調症、だったかな……
 ストレスがやばいらしくて、 
 あの上司、きっとあの肉塊で俺を窒息死させるんだ……
 あの上司、あの上司さ……はあ……」
「まあ、早く転属するかして、支配下から逃れろよ。じゃないとお前、遠くないうちに死ぬだろ」
「でも娘さんは……
 あのふくよかな肉塊の中に同じくらいふくよかな心を秘めているのかも……」
「まあお前みたいなタイプは合コン向きじゃないし、
 この先の出会いったって厳しいだろうがな」
「俺みたいなタイプ、ねえ?」
 恨めしそうに睨むハラダに、篠原は苦笑する。
「悪い意味じゃない。おとなしめで、とくにコレって趣味も無いんじゃ、
 きっかけは難しかろう」
「まあ、ごもっとも……」
 ふー、と溜息をついて、ハラダはベンチに沈み、呟く。
「趣味、ねえ……それ以前に、あんまりタノシイィ! って思ったことないよ」
「はーん」
「本読んでも音楽聞いても映画見てもメシ食っても寝ても覚めても味気ない。やだわ」
「まー、娯楽は十人十色だしな。だからそれだけジャンルもあるし」
「ジャンルはいらん。どーんと万人が絶対、幸せになれる娯楽を俺にくれ」
「そんなの、200年前からあるじゃないか」
 怪訝そうに篠原を見るハラダ。
 篠原はさしてなんでもないことのように、さらりと口にした。
「麻薬」
 ハラダは目を見張り、篠原から遠ざかるように、ずるりと身を引く。
「……何言ってんの。それはダメでしょ」
 篠原は当たり前と言わんばかりに苦笑し、背もたれに腕を回した。
「そりゃダメに決まってる、やることは一生ないだろうけどさ。
 趣味がなくたって、オカズがなくたって、脳みそが勝手にラリって幸せにしてくれるんなら
 ある意味、絶対幸福の娯楽かもしれないな?」
 立ち上がり、篠原は、午後業務の開始を指す腕時計を見せる。
「なんて、自分の脳みそだけ幸せでも、虚しいだけだよな」
 陽のあたる、公園の真ん中を歩いていく篠原。
 ハラダはもう一度息をついて、木漏れ日の空を見上げる。
 くびすじに、額に、冷や汗が浮かんでいる。
 ハラダは震える手で、背広の胸元から白い薬ケースを引っ張り出す。
 開けた中には、ひとつの錠剤も無い。
 ハラダは、大きく開けた口に向けて何度も何度もケースを振る。
 何度も何度も
 何度も何度も何度も。
 ぱたりと手をベンチに落とし、ハラダはしあわせそうに笑う。
「そうか」




俺の脳を見てくれ。

 
 診察室に駆け込むなり、寝台に滑り込む男。
 男はメスで頭皮を剥がし、さらに、ハンマーで頭蓋を叩き割る。
 すると中はどうだ。今度は、溢れるほど中身が一杯になっているではないか。
 びくびくと楽しげに鼓動する肉塊が、隙間もなく詰まっている。

 頭の中を覗き込んだ医者は、ひどく不思議そうに尋ねた。
 

─── 一体、何をこんなに詰め込んだのです?

 
男はこのうえなく幸せそうに惚けて、両手を天に掲げた。

 


永遠の幸福だ。
ただし、俺の脳内に限る。





 そうやって壁に頭をぶつけて嘆く、男の夢を見た。





      FIN.

概要

あまた、シロウサギ。

ここではお題サイトから頂いた言葉をたよりに、
ひたすらひらめきのみで一発書きしていくショート・ストーリーを載せていきます。

表紙をひらいてくださった皆さんを
ぐいっと穴に引き込んで、その世界観に落としてしまうような

そんな優秀な「しろうさぎ」を、たくさんたくさん呼べたらなと思います。

 「ここではないどこか」のお話、
    「ここに似た、どこか」のお話。
 世界観は様々です。


さあ。ネットの隙間で何ですが、ぽとんとおちてみませんか。

         

事の発端

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こんにちはアマネレス

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