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 英雄の伽《とぎ》 序章 井上雄彦 バガボンド画集 『墨』
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英雄の伽《とぎ》 第一章 一日目 ───黄昏

 
 英雄の伽《とぎ》 序章 井上雄彦 バガボンド画集 『墨』
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猛獣の扱いの方が、まだ愛されている。
側面の板間から細く、夕陽が射すコンテナの中に足を踏み入れ、
エイルは眉をひそめた。

鎖の擦れる音がする。

コンテナの中央に置かれた、中型犬一頭がなんとか入れるほどの黒檻の中に、
少年は仰向けになっていた。
首輪の鎖は檻の天をとおり、コンテナの天井の杭に繋がれている。
白い拘束布で、腕ごと一纏めにくるまれている華奢な上半身。
皮と爪がむけ、血の滲む素足は、力なく格子の外へと投げ出されている。
少年はきちきちと鎖を鳴らし、虚ろな紫紺の目を、コンテナの入り口へ向けた。
幾重もの夕日の線をゆっくりと踏み超え、エイルは檻の前に立つ。
覇気のない
まるで覇気のない、かつて戦鬼と恐れられたという少年に、
エイルは軍服の片膝をついて言った。
「アリオン連合国第一師団所属・第三隊隊長、エイル=ウェリテリセ大尉です」
こちらを見たままぴくりとも動かない少年に、エイルは僅かに身をかがめ、声を近づける。
「アリオンの首都まで。私が貴方を、護送す───」
「ゴソウ」
少年は、かすれた声で呟いた。
顔をめぐらせ、天に繋がれた鎖をぼんやりと眺めて、
「首は、あげるよ」
檻と光。二重の格子と鎖に縛られ、少年はうわごとのように言った。
「体は置いていって。墓をもう用意してるんだ。
 心臓は、そこに埋めたい」
「出来ません」
きちきち、ち、ち。
鎖を鳴らし、少年はエイルに、顔を向けた。
感情の読めない、ただこちらを凝視する一対の紫紺を見据え、
エイルは厳かに言い切った。
「貴方を、アリオンの首都で処刑します。
 遺体は残りません。首も。体も。
 ───心臓も」
「……そう」
少年は再び、暗い天井へ繋がる鎖を見上げた。
「そうか」
エイルは、伏せがちに立ち上がる。
入口からの夕陽を灯していた少年の瞳が、エイルの影に覆われて光を失う。
踵をかえし、エイルはコンテナの入り口へと歩き出す。
開け放たれた扉から見える、薄墨で書いたような山々と、金の平原。
険しい山あいの遥か上で、雲間にかかっている夕日。
溶かし込まれたような、淡い橙の空。灰色と、鮮やかな白雲の隙間から、
細い金の光が大地へ射している。
レンブラント光線。
別名 天使の梯子。
「天国みたいだろ」
背後からの穏やかな声に、エイルは振り返る。
少年は未だ、コンテナの天井を見つめている。
首輪の鎖が穿たれた、空も、天国の似姿もない天井を、物柔らかに見つめている。
ふわりと紫紺の目を閉じて
少年は笑った。

「僕は、この国が好きだよ」

息を吞むエイル。
少年の横顔を、食い入るように見つめる。
やがて凜と見据えてきた少年に、エイルははじかれたように一瞬、目を逸らした。
「何日後?」
少年の声は、一転して森厳だった。
エイルが目を見張るなか、
鎖を騒がせることなく、ゆっくりと体を起こして、少年は鉄格子に背を預ける。
銀の髪に紫紺の目。いまは痩せ果て、華奢な子供にしか見えないが、
1ヶ月前までは戦場のただ中で大勢の兵士を嬲り殺していた『ヴァルシスの英雄』。
今の今まで、死んだような目をしていたのに。
「処刑は何日後?」
口だけを動かし、射殺すような目で微笑む少年に、
エイルはすっと 目を据わらせた。

「7日後だ」

少年に背を向け、世にも美しい世界に向かって、エイルは呟く。
「短い付き合いだが。君のことは、何と呼べばいい?」
「どうにでも、好きなように。昔は、───」

声が途切れる。
エイルは振り返らない。
更に地上深くにおりた光の梯子を、見据えている。
背後におちる、嘲笑のような、かすかな吐息。
金色の平原が、風に煽られて泣き啼いた。

「もう誰もいないけど
 僕の仲間は僕を、イヴと呼んでいた」

視線をおとし、エイルは右の口角だけを吊り上げた。
後ろ手にコンテナの扉を閉め、馬車の荷台から飛び降りて前へ回り込む。
御者台には首なしの兵士の死体。
槍や剣で切り刻まれ、ほとんど原型がない馬4頭。
馬車の前面。コンテナの扉から見えない平原は、見渡す限り、
深紅の液体で水びだしになっている。
ただ、それらの元手となったであろう物が、無い。
エイルは軍服の下に身につけていたネックレスを外す。
蒼い石のペンデュラムが付いたそれを固く握りしめ、エイルは自嘲気味に呟いた。
「幸せ者だな。君は」
血が零れる拳を、コンテナの側面に押し当てる。
どす黒く変色した外壁に、円形の蒼い紋様が浮かんだ。

突如、コンテナ全体が蒼白く発光し、背景の橙に透けていく。
蜃気楼めいたその姿は音もなくひび割れ、砕けて、
さらさらと流れこぼれる燐光のかけらは、拳の中に吸い込まれるように消えていった。
もうひとつ、胸ポケットから蒼のペンデュラムを取り出す。
深紅の中央にひとり立ったエイルは、
ゆるやかに、蒼石を放り投げた。
「───居たのに」
コツンッ。
放られた蒼い粒は、土から顔をだしていた子供の頭ほどの岩にぶつかった。
「まだ」
風が、啼く。
嘆くように湧き上がった世界の音に、エイルはただ煽られ、立ち尽くす。



「こんなにも」



あとには
世にも美しい、天国の似姿と
見渡す限りの、五体不満足な人間の死体と
ひとり項垂れる 勝国の英雄だけが残された。



next episode → 第二章 一日目 ───夜半に切れる蜘蛛の糸


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