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 概要 英雄の伽《とぎ》 第一章 一日目 ───黄昏
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英雄の伽《とぎ》 序章

 
 概要 英雄の伽《とぎ》 第一章 一日目 ───黄昏
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気持ちいい。
僕は そう思った。
四方上下を石壁に囲まれ、何の灯りも無い空間。
音もなく、風の流れもなく、自分の目が開いているのか、閉じているのか、
どちらにしても大して変わりないほどの暗闇のなか、
おそらく、時間だけが流れている。

何も拠り所のない、たぶんこの空間の真ん中に、僕は座っている。
のばせるだけ伸ばした右手に、ひやりとした石壁が触れた。
結露した水が指のあいだを這って、滴る感触。かじかんで、軋んでいく関節。
濡れた手を口元に運び、口に含む。
自分の体温とはちがう、遥かに冷たいものが喉元を通っていく。

僕に備わる五感のうち
いまや 触覚だけが
僕が今 生きていることを確認させてくれる。

僕は
この空間が好きだ。
世界で一番、美しくて華やかな場所よりも
この ただ終身刑を待つ独房の中が世界で一番好きだ。

僕は、ふと首をもたげた。
地唸りのような音が、聞こえる。
不意に、闇の中に、白いひとすじの縦線が浮かび出た。
あれは───。
この独房にはとんと、縁もゆかりも無かったもの。
そうか。あまりに遠のいていて、呼び名さえ霞んでいた。
光。
こじ開けられていく岩戸から射す白に、思わず顔を背ける。
くらむ視界のなか、
深緑の血管がういている、骨と皮しかない青ざめた手が
黒い石畳に根をはったように広げられているのが見えた。

気持ち悪い手。

不気味な手に釘付けになっていると、腕を強く引っ張られた。
僕は軽々と石畳から引き剥がされ
光のただ中に、引きずり出された。
視界が焼かれた。世界が翠か朱か、どちらともつかない色に塗りつぶされる。見えない。
僕は首輪についている鎖を引っ張られ、光の中で千鳥足をふむ。
進んでいるのか、曲がっているのか、登り坂なのか、下っているのか
冗談じゃない。意味がわからない。
独房の中に戻りたい。
僕は足を止めた。
つぶれた目で歩くより、止まった方が安全だ。
僕はもう、どこにも用は無いんだ。
「歩け」
「独房に戻して下さい」
「歩け」
僕は、鎖を大きく鳴らして、看守の腕を振り払った。

「離せ」

朱か翠が明滅する視界の隙間で、
僕は看守の血走った目をかすめ見る。
瞳孔が開いてる。眼球がこぼれおちそうなくらい、見開かれた目。
いまにも僕を
ぐちゃぐちゃに嬲り殺しそうな目。
見覚えがある。
何千回 何万回。僕はこういう目を見てきた。
僕は。

「ぐ……っ!?」
両足が宙に浮く。
僕の首輪の鎖を、看守は自分の肩に引っかけて歩き出した。
看守に遠く身長の及ばない僕は、
彼の背に鼻頭を何度もぶつけ、首を引き攣らせ、目を剥き、四肢を垂れ揺らして、
苦しげに喘いだ。
つぶれた視界は戻りつつあったが
今度はチカチカと白んだ視界のなか、僕は
等間隔に通過する、天井の橙の灯りを見送るばかりだった。

ほら
だから僕は
独房の中の方が好きなんだ。
独房は世界で一番、平和な場所なんだ。

はやく、僕をあの場所へ 帰して。

天井の灯りを見送り続けていると、鉄格子の仕切りを通り過ぎたのが見えた。
僕はこの刑務所で、最も奥まった場所にいたはずだ。
表に連れ出そうとしているのだろうか。
免罪などありえるはずもない。
ではこれは、処刑の時なのか。
僕はとうとう、首輪ごと首を外せるのか。

「殺してくれるんですか」

出し慣れていないせいで、すっかり嗄れた声で僕は尋ねた。
看守はふと、踏み出す足を緩めて、答えた。

「まだだ」

足早に歩き出した看守の背に、僕は鼻頭をめり込ませる。
視界が、さらに白んでくる。
まだなのか。
まだ僕は楽になれないのか。
騒がしく眩む視界が、霞んでぼやけていく視界が目障りで
僕は目を伏せる。
頬を 温かい何かが伝う感触が した。




「見せしめ、ですか?」
「そうよ」
朱を基調とした、毒々しい部屋である。
朱の壁。朱のベットシーツ。橙の艶めかしい灯り。象を5頭いれても
釣りがくるほどの天井高と広さ。
その中央に置かれた紅い一人掛けのソファに腰掛けて、
黒い喪服のドレスを着た少女は、伏せがちに呟いた。
少女の前に直立していた深緑の軍服姿の青年は、かすかに眉根をよせる。
青年の胸元には無数の勲章が付けられており、端整な顔の右頬に、
古傷の跡が残っている。
青年は躊躇いがちに、だがしっかりと少女を見据えて、呟いた。
「まだ、続けるおつもりで」
「これからよ」
艶やかな唇をちいさく動かし、虚空を睨めつけて、少女は囁く。
「彼が一番、私の部下を殺した。そうでしょう。彼はあの国の英雄だった」
すっと青年を見上げた少女は、翠の目を大きく見開いている。
栗色の髪。白い肌。大きな翠の瞳は長い、青みがかったまつげに彩られている。
瞬きもせず、少女は強張った顔のまま、かくりと小首をかしげた。
「あなただって、私が負けたら同じようなことをされたわ。エイル。
 あなたは、私の国の英雄。あの国の人間を、一番多く殺した。そうでしょう」
青年───エイルは無言で、腰に下がる剣の柄を握りしめた。
気狂いの人形のように首をもたげた少女を、臆することなく見つめかえす。
「あの少年も首都で、処刑なさるのですね?」
「あの子供こそ、私の民の前で殺す」
エイルの瞳を凝視したまま、少女は立ち上がる。
思わぬ風に押され、体をとどめる依り木を抱き込むように、
少女はふらりとエイルの胸に寄り添って、頤をあげた。
「連れてきて。もうすぐ近くを通るから。彼の護送に付き添って」
愛らしい笑顔。
まるでお菓子をねだる、少女のような。
エイルは無表情で、その笑顔を見下ろした。
瞬きもなく、口の形も寸分変わらぬ、貼り付いた笑顔。
ふとエイルは、口元だけに微笑みを浮かべる。
「仰せの通りに。陛下」
陛下。
そう呼ばれた少女は、満足そうに頷き、一瞬のうちに、笑顔を消し去った。
「7日後までに、首都へ」
エイルの傷のある頬に、小さな白い手が添えられる。
「早く連れてきて。エイル。私の」
言葉は最後まで、残らなかった。
朱が割れる。
空間の端に吸い込まれるように、紅の部屋が掻き消えていく。
散り散りに少女の顔や体が裂け、砕ける。ただ、頬に添えられた手だけがしぶとく残った。
朱の隙間に、落ち窪んだ古いベットや穴の開いた床板が垣間見える。
エイルは少女の首から上が完全に消えた時、
頬に張り付いたままの手をぞんざいに払いのけた。

朱が消えた。
そこは毒々しい部屋ではなく、全長10歩も無い木造の小部屋だった。
軍の宿舎代わりに使われている、廃墟のホテル。その一室である。
天井の薄ら白い灯りが、か弱く揺れている。
エイルは疲れたようにベットに腰をおろし、頬を手の甲で拭う。
古傷を上書きするような、紅い爪痕が浮かんだ、頬を。



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