『おはなし屋』-space-『およろず』

スポンサー広告

スポンサーサイト

 
 英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅳ 英雄の伽《とぎ》 第四章 二日目 ───鈴の音が聞こえない Ⅰ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



もくじ   3kaku_s_L.png   スポンサー広告
*Edit
   

未分類

英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅴ

 
 英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅳ 英雄の伽《とぎ》 第四章 二日目 ───鈴の音が聞こえない Ⅰ
←  次のpageへ



右には、粉状の灰だけが残る、レンガ造りの暖炉。
床には、血の黴(か)びた黒と、元の紅がまだら模様になっている、
見渡す限りのベルベットの絨毯。
左には、夜の藍が見える、穴の空いた壁。
そして正面には、
豪華な両開きの扉と、胸をはって仁王立ちしている首なしの鎧がある。

イヴは目を見張り、檻の格子にとびついた。

「……ここは……」
「売国奴シャイエの第一側近、ダルオンの屋敷だ。
 今日はここに泊まる」

広間の中央に置かれた、中型犬一頭が入れる程度の檻に、
エイル・ウェリテリセ大尉は重い靴音を響かせながらゆっくりと歩み寄る。
狭い檻の中でイヴはなんとか首をもたげ、声のする頭上を振り仰いだ。
首の見切れた軍服の青年。
おそらくこちらを見下ろしているであろう、無数の勲章のついた首元を、
イヴはえぐるように見据える。

「ヴァルシス首都の中心地。シャイエの屋敷にもっとも近い、従者の砦のひとつ。
 お前達が最後まで籠城した、決戦の場所だ」
「悪趣味な宿だな……最後にあんたと話してから、何日経ったわけ?」
「まだ9時間しか経っていない。
 せいぜい懐かしむといい。もう二度と、来ることはないだろうからな」

踵(きびす)をかえし、扉の方を向くエイル。

その横顔をかすめ見て、イヴは剣呑な目をわずかに見開いた。

眉根をよせ、口元を引きしめて、つらそうに虚ろな目をおとしている。
無関心で、冷酷な声をよこした主にそぐわない、
まるで親友の葬式に参列しているかのような顔だった。

イヴは思わず、格子をつかんで声を張り上げた。

「あんたさ。何がそんなに哀しいんだ?」

緩慢に、立ち止まるエイル。
ふたたびこちらを向いた彼は、あの淡泊な無表情に戻っていた。
機敏に、妙な気迫をおびて血の染みた絨毯を直進してくるエイルに、
イヴは怯(ひる)むことなく、言い放つ。

「さっきから、何でそんな───」
「腕を組め」
「う……は?」
「拘束布が『落ちて』いる。 腕を組め。
 それとももう、腕は必要ないか」

見下ろすエイルの目に、憂いの色はかけらもない。
イヴは不満そうに、そっぽを向いて二の腕を抱く。

「『落とした』のはおまえだろ。維持も出来ないヘタレが」
「維持も出来ない……? はじめて言われたな」
「最悪だよ。 箱は乱れるし走馬灯は見えるし、もう処刑されるのかと思った。
 手っ取り早く、ペンデュラムラインで首を吊ってさ」
「安心しろ」

皮肉げに笑うイヴに、
エイルは胸のペンデュラムを淡く発光させながら、生真面目に呟いた。

「おまえは丁重に殺される」

9時間前と同じく、白い拘束布に締め上げられるイヴの上半身。
半ば呆れ気味にイヴは、背中を檻に預ける。

「どうぞ、お構いなく」
「そうもいかん」
「あのさ、大尉さん。 皮肉って言葉、知ってる?」
「知識としては」
「疎いってことね……」

あさっての方を向き、ニヒルに呟くイヴ。
エイルは怪訝そうにイヴを見下ろし、ペンデュラムを軍服の下にしまい込んだ。
緑の布地の下にともった光は、やがて遠のくように小さくなり、消えた。

「お前の他に、2945人抱えてる。多少の不具合は赦せ」
「……2945人?」
「死体含めて、4263人。文献が23407冊、武具類が825……
 そろそろ、容量が厳しいところだな」

簡単な数式を読み上げるような平然とした呟きに、
イヴはただ呆然とする。
目の前の、腰に剣を一本差しただけの若者に、イヴは顔をこわばらせて尋ねた。

「あんた、本当に大尉……?」
「ああ」
「嘘だ。ヴァルシス一のミストル使いでも、そんなに容量はでかくない……!
 アリオン連合軍の総帥でも、
 せいぜい100人『落とし』て維持するのが精一杯のはずだ!」
「階級と、実力が比例するとは限らない」

エイルはふと、冷笑を浮かべる。
獰猛(どうもう)な目に射貫かれ、
身を檻の壁におしつけたまま、イヴはすっと冷や汗をながす。

「お前も、そうだろう? 
 何をもってその歳で英雄と呼ばれたのか……この目で見てみたかった。
 
 語りべになれそうな、最後の決戦に居た連中は
 敵も味方も殆ど死んでしまって、
 
 それにお前が英雄の姿でおとぎ話になるには、少々味方の口が足りない。
 
 自分の国を好きだとはっきり言うあたり、
 ミストルテインに手を出したわけでもなさそうだ……
 頭がまともなうちに、自伝でも残しておくんだな」

「あんたは……」

イヴは、乾いた喉をなんとか嚥下(えんか)した。

「あんたはもう、まともじゃないのか……?」

ひどく冷めた目で、エイルはイヴを見返している。
イヴは身を乗り出し、畳みかけた。

「あんたは一体、今、どこまで混ざって───」
「16歳以前の記憶が亡い」

エイルは自分の傷だらけの手のひらをながめ、他人事のように囁く。

「自分がエイル・ウェリテリセだということは分かるが、
 エイルがどういうものを好んで、どういう思い出を大事にしていて、
 どういう性格だったのか。 ……よく思い出せない。
 最近は、昨日が『どれ』だったのかも分からない。
 記憶の時系列がうまくつながらないんだ。
 だから日記がないと、昨日何があったのか確認できない。

 軍の中に幼馴染みだったらしい女が居るが
 彼女に『性格が変わった』と言われても、どこが変わったのか分からない。
 だからもう、もとのように振る舞うことも出来ない。
 エイルが自分の国を愛していたかどうかも、───もう亡くした。

 どこまで混ざったかとあえて言うなら、もう末期なんだろう」
  
末期。
なんの悲嘆もためらいもなく、彼は自分にそう宣告した。
イヴはかすかに涙をためて、顔をそむける。

「分からないよ」
「何がだ」
「どいつもこいつも、みんなそうやって……!」

吐き捨てるように、イヴは怒鳴る。

「自分がいなくなるのを分かってて……何のために命賭けたんだよ!?
 最後にはそうやって何もかも、殺し合った理由も忘れて、
 相手を殺してまでやり遂げたかった事も忘れて!!
 そんなの、意味ないじゃないか!!」

「本当に、使ったことないんだな」

侮蔑ともとれる淡泊な声に、イヴは顔を跳ね上げ、エイルを睨めつける。
エイルは冷静な面立ちで見すえ返し、やがて伏し目がちに呟いた。

「それでいい」

それはささやかな、微笑に見えた。
口元をわずかに緩め、エイルは穏やかにイヴを見下ろしている。
涙をためた赤い目をみはり、息をつめるイヴ。
踵をかえし、エイルは凜とした横顔で言った。

「なんのために闘ったかだけは、覚えているよ。
 ミストルテインは、石を初めて持った日の記憶だけは、奪わない。
 
 100年も続いている戦争を、明日にでも終わらせるためだ。
 陛下が望むなら、ヴァルシスの人間を皆殺しにしてでも。
 
 そのためなら、手段は選ばなかった」

イヴは檻に背をぶつけ、詰めていた息を大きく吐き出した。
足元の黒い鉄板をにらみつけたまま、底冷えするような声で唸る。

「あんたはアリオンの人間だろ。『ミストルテイン』はヴァルシスでの呼び名だ。
 ちゃんと悪をくじいた神具の名前で呼べよ。
 あの傲慢な女王陛下は地獄耳より耳が良いんだろ?」

「あの石は、神の恩寵じゃない」

ふたりは一瞬だけ、殺し合うような視線を交わした。
背を向け、扉の方へ歩いていく、エイル。
近づくエイルの足音に反応したかのように、ふたつの扉が重々しく開かれていく。


「あれは、───断頭台だ」


開かれた扉の向こうには、
点描画のように藍をうめつくす、無数の篝火(かがりび)が揺らめいている。
歩み出て行くエイルを見るなり敬礼する、大勢の兵士達。
エイルはふと思い出したかのように、イヴを振り返った。

「今回のお前の護送は、残党狩りの撒(ま)き餌もかねている」
「撒き餌……?」
「まだいくつか、主犯格の死体があがっていないからな。
 おまえをアリオンへ護送すると、ヴァルシス中に流してある。
 主犯格はまだだが、───効果はすでに実証された」

イヴはただ呆然と、首を振った。

「嘘だ……看守は、看守の話じゃ、主犯格は全員、
 俺が捕まった後、……殺された、って」

「看守が希望を与えるわけないだろう」

残忍に言い放ち、エイルはすがるようなイヴを残して、
外へ続く階段を下りていく。

「誰が……誰が生きてんだよ! 大尉!!」

軋む悲鳴をあげて、閉まっていく扉。
狭まる外への出口。
その隙間からいまだ滑り込んで伸びている、エイルの影。
彼はわずかに首だけで振り向き、囁いた。

鈍い音を響かせ、閉められる扉。

広間にたったひとつ残されたランプの灯りさえ、ふっと掻き消える。
イヴはのろのろと冷たい鉄の床に手をついた。

やがて頽(くずお)れるようにうずくまり、
しっかりと届いたエイルの言葉を、 絞り出した。



「アレグレット……ストラウス……」



穴の空いた壁からは、外の篝火の熱気が伝わってくる。


夜明けはいまだ、───遠い。




next episode   第四章 鈴の音が聞こえない Ⅰ




←Read over again before chapter?


い、一日遅れじゃないよ。ほんとだよ。
一時間遅れだよ。←処刑 
舞台は新章へ。
哀しい二人の英雄に、
果たしてどんな出会いと別れがあるのでしょう。
感想、疑問、アドバイス。お待ちしております。




もくじ   3kaku_s_L.png   未分類
   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
  • 【英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅳ】へ
  • 【英雄の伽《とぎ》 第四章 二日目 ───鈴の音が聞こえない Ⅰ】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。