『おはなし屋』-space-『およろず』

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 概要 ココ・アヴァン・シャネル
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*Edit
   

あまた、シロウサギ。

相対のない幸せ

 
 概要 ココ・アヴァン・シャネル
 俺の脳を見てくれ!


診察室に駆け込むなり、寝台に滑り込む男。
男はメスで頭皮を剥がし、さらに、ハンマーで頭蓋を叩き割る。
すると中はどうだ。大きな空洞になっているではないか。
まるで口の中のような、生色の肉壁がつやつやとしているだけで
哀れなことに、中身がない。


 どうりで物事が上手くいえないはずだ。言ってることとやってることがメチャクチャなはずだ。
 娯楽を一切楽しめないはずだ。
 母親の胎内に置いてきたんだ。クソ。
 死のう。


そうやって壁に頭をぶつけて嘆く、男の夢を見た。





「ハラダさん。ご趣味は」
「イエ。全くありません」
 へら、と朗らかに笑って、今年29になる独身男ハラダ ハラオは口いっぱいに水を含んだ。
 手元はカタカタと震え、手からこぼれたコップがころりと机上を回る。
 冷や汗が止まらない。
 そろそろ限界かもしれない。
 ハラダはまた、にへら、と笑ってペコペコとお辞儀をし、鞄を持って席を立った。
「すいません、ちょっとトイレに」
 ハラダの見合い相手であり、ハラダの上司の娘であるその女性は、
 3重アゴを4重アゴにするほどかわいらしく、ちょこりと小首を傾げて微笑んだ。


 トイレに駆け込んだハラダは、個室ひとつひとつを蹴破り、ドアの裏まで覗き込んでから、
 一番奥の個室に飛び込んで鍵を閉めた。鞄の中から薬ケースを引っ張り出し、
 最後のひとつの錠剤を容器から直接、口の中に放り込む。
 目を白黒させながら飲み込み、ハラダはようやく人心地ついたように、鞄を抱いて
 便器に座り込んだ。
 ハラダはこの上なくしあわせそうな笑顔で、呟いた。
「死のう」
 


「あの肉塊が伴侶なんて……」
「肉塊言うな。動いて喋ったんだろ、一応人間じゃないか」
 会社の昼休み。ハラダは同僚の篠原とともに、
 上司の耳の届かぬ、会社近所の公園で、木漏れ日に当たっていた。
 げっそりとやつれたハラダの横で、篠原はコーヒー牛乳をすする。
 その薬指には、銀のリングが光っている。
 食事も摂らず、ベンチの肘置きに頭をのせるハラダを見て、
 篠原は眉根を寄せた。
「お前……大丈夫か? 最近すげえやつれたな」
「寝れないんだよ。病院には行ってるんだけどさあ、総合何とか失調症、だったかな……
 ストレスがやばいらしくて、 
 あの上司、きっとあの肉塊で俺を窒息死させるんだ……
 あの上司、あの上司さ……はあ……」
「まあ、早く転属するかして、支配下から逃れろよ。じゃないとお前、遠くないうちに死ぬだろ」
「でも娘さんは……
 あのふくよかな肉塊の中に同じくらいふくよかな心を秘めているのかも……」
「まあお前みたいなタイプは合コン向きじゃないし、
 この先の出会いったって厳しいだろうがな」
「俺みたいなタイプ、ねえ?」
 恨めしそうに睨むハラダに、篠原は苦笑する。
「悪い意味じゃない。おとなしめで、とくにコレって趣味も無いんじゃ、
 きっかけは難しかろう」
「まあ、ごもっとも……」
 ふー、と溜息をついて、ハラダはベンチに沈み、呟く。
「趣味、ねえ……それ以前に、あんまりタノシイィ! って思ったことないよ」
「はーん」
「本読んでも音楽聞いても映画見てもメシ食っても寝ても覚めても味気ない。やだわ」
「まー、娯楽は十人十色だしな。だからそれだけジャンルもあるし」
「ジャンルはいらん。どーんと万人が絶対、幸せになれる娯楽を俺にくれ」
「そんなの、200年前からあるじゃないか」
 怪訝そうに篠原を見るハラダ。
 篠原はさしてなんでもないことのように、さらりと口にした。
「麻薬」
 ハラダは目を見張り、篠原から遠ざかるように、ずるりと身を引く。
「……何言ってんの。それはダメでしょ」
 篠原は当たり前と言わんばかりに苦笑し、背もたれに腕を回した。
「そりゃダメに決まってる、やることは一生ないだろうけどさ。
 趣味がなくたって、オカズがなくたって、脳みそが勝手にラリって幸せにしてくれるんなら
 ある意味、絶対幸福の娯楽かもしれないな?」
 立ち上がり、篠原は、午後業務の開始を指す腕時計を見せる。
「なんて、自分の脳みそだけ幸せでも、虚しいだけだよな」
 陽のあたる、公園の真ん中を歩いていく篠原。
 ハラダはもう一度息をついて、木漏れ日の空を見上げる。
 くびすじに、額に、冷や汗が浮かんでいる。
 ハラダは震える手で、背広の胸元から白い薬ケースを引っ張り出す。
 開けた中には、ひとつの錠剤も無い。
 ハラダは、大きく開けた口に向けて何度も何度もケースを振る。
 何度も何度も
 何度も何度も何度も。
 ぱたりと手をベンチに落とし、ハラダはしあわせそうに笑う。
「そうか」




俺の脳を見てくれ。

 
 診察室に駆け込むなり、寝台に滑り込む男。
 男はメスで頭皮を剥がし、さらに、ハンマーで頭蓋を叩き割る。
 すると中はどうだ。今度は、溢れるほど中身が一杯になっているではないか。
 びくびくと楽しげに鼓動する肉塊が、隙間もなく詰まっている。

 頭の中を覗き込んだ医者は、ひどく不思議そうに尋ねた。
 

─── 一体、何をこんなに詰め込んだのです?

 
男はこのうえなく幸せそうに惚けて、両手を天に掲げた。

 


永遠の幸福だ。
ただし、俺の脳内に限る。





 そうやって壁に頭をぶつけて嘆く、男の夢を見た。





      FIN.


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