『おはなし屋』-space-『およろず』

5分、訪れくださいませんか。 気に入ったならいつまでも。 年中無休、営業中のおはなし屋でございます。

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ある配達屋の華麗なる道草

あまた、シロウサギ。




朝、ベットを降りるより先にすることは、窓をあけて朝の空気をびん詰めすることです。
正方形のベットの真横にある丸窓には、人間の歯並びのようにぐるりと瓶が生えていて、
スルメイカや、ロリポップや、削りたてのエンピツが詰まっています。
夜の読書の時、眠気覚ましに朝の空気がとてもよく効くので、
こうやって特大サイズのガラス瓶に、朝をとっておくのです。
隣の部屋に住む夜食の帝王は言います。

「それは嘘だね。びんの中はただの空気、眠気などに効くはずない」

そうですとも。
そういうことも、あるでしょうな。



―― ある配達屋の華麗なる道草 ――



ぼくの仕事は、配達屋。
この小さな町にやってくる、ぼくに何の関係もない恨みつらみや愛のことばや金の請求が綴られた文書を、毎日せっせと見知らぬだれかに届ける仕事です。
ぼくはチューリップと同じくらいの背丈で、ぽよんとお腹の出たウエストにだぶだぶズボンを履き、深緑の大きな帽子をくりくり跳ねまわる髪にのせ、黒いメッセンジャーバッグをひっさげて、亀よりは早く歩きます。みんなはぼくを、配達屋さんと呼びます。この町に、固有名詞を持った人はいません。手紙の宛名を見ると、牛乳屋さん掃除屋さん新聞屋さん売春婦さん町長さん。 ね。 居ないでしょう。
でもぼくは、手紙を届けたことは数えるほどしかありません。
今日も他の町の郵便屋からバックいっぱい手紙を預かりましたが、今日は天気がいい。
天気がよいのです。
じゃあ、道草でしょう。
町一番のパン屋の旦那は、ケーキを焼きながらこう言います。

「それはおかしいね。君は配達屋なのだから、配達をしなければ」

そうですとも。
そういうことも、あるでしょうな。



天気の良い日の道草といえば、食べ歩き。
コスモスの花がさく予定の花畑で、ヤキイモなど食べるのが嗜みでしょうな。
だがそんなことはどうでもよろしい。
町の広場に出ていた花屋で、ぼくは酒を買いました。年代物。一本200円。いつもこの広場で酒を飲んでいる政治家がやれやれと首をふって言いました。

「いいチョイスだ」
「どうもどうも」

おちゃめにカンと瓶をかちあわせ、ぼくは政治家に手をふって、広場を後にしました。
青空が透けるよう。ほんとうにいい天気。たとえ今、この空のもと世界中の人が窓から首を吊ったとしても、蒼の華やかさは影るまい。そうとも。なんて関係のない美しさなんだ。
ぼくは開けていない酒瓶をベルトにさし、空を見上げてゲラゲラ笑いながら歩きました。
すれちがった町一番のギャングが、ピアスだらけの眉をひそめて言いました。

「頭おかしいのか?」
「いいえ!」
「その酒、くれよ」
「いいですとも!」
「頭おかしいのか?」

ギャングは心配そうにぼくの頭を撫で、酒瓶を抜きとることなく去っていきました。


道草の時間は、なんと早く過ぎていくものなのでしょう。
太陽が西の山間に沈んでいきます。ひょいとつかんで、東に投げ飛ばしたい。いやしかし、今日の仕事を終えてほっとしている彼にそんな非道はできません。太陽とはなんと規則正しい者なのでしょう。中の人は気が狂っている。絶対友達にはなれないでしょうな。相手の気が狂ってしまう。
ぼくはバックを開けました。今日配達する用の手紙が、たくさん詰まっている。これは町でいちばん隅の森に住む町長あて。これは町でいちばん遠い池に住む釣り屋宛て。これは。これは。やっかいな場所ばかり。ああ。しかしドブに捨ててはいけません。それだけはダメなのです。
ぼくは仏頂面で酒瓶を抜き、ひとくち含んでブーッ!と吹き出しました。
酒は美味でした。
そんなことはどうでもよろしい。

いいことを思いついた。

ぼくは酒の蓋をしめ、短い足で懸命に地を蹴って、日の沈む町の広場へと走りました。




「マツリ?」
「そうですとも。今夜これから、祭りをいたしましょう」

息を切らせ、そびえる木製のカウンターの下から腕をいっぱい伸ばしたぼくを、
町一番のパン屋の旦那が怪訝そうに引き上げました。
バスケットいっぱいに売れ残ったパンを食べながら、旦那は首をかしげます。

「なにを祝うんで?」
「いやいや、なんでも! 今日の天気の良さでもいいですし!」
「ハア」
「その売れ残ったパンの供養でもいいですし!」
「それなら、毎日やらにゃ」
「次のことはどうでもよろしい、今が大事なのです」
「へえ。 いいけど、なんで俺に言う。町長に言え?」
「なにをおっしゃいますか」

ぼくは旦那の胸をどんと叩いて言いました。

「祭りなど、誰が始めてもいいでしょう」

そうしてぼくは、町の広場にある町一番の店々に、華麗に声をかけたのです。





夜は明るく、楽しいもの。
とりわけ今夜は、昼の空に負けぬ鮮やかさでした。
町の広場は大勢の人で賑っています。パン屋の旦那が売れ残ったパンをこんがり焼き、となりのジャム屋がそれにチーズをたっぷりつけて振舞っている。花屋の女性は酒瓶に花をそえて配り、町いちばんのギャングは歌がとてもうまかった。酔の冷めた政治家は広場の真ん中で、酔った町の人達に拍手を送っている。ぼくのメッセンジャーバッグはとても軽くなり、のこりはあと一通になっていました。
すると広場にようやく、年老いた町長が現れました。
寝間着のうえにコートを羽織り、スリッパでオロオロと戸惑い、何の騒ぎだね、なんなのかねとひとり呟いている町長に、ぼくは言いました。

「町長宛てです」
「なに。私宛てだと?」
「はい」
「私のための祭りなのかね?」
「そうともいうでしょうな」
「なんと」

町長は目を点にし、そのつぶらな瞳にうるうるっと涙をため、わたしのためか。そうか。誕生日だからか。とあたりを見回し、ギャングの歌が響く人だかりのほうへ歩いていきました。ぼくは町長のポケットにそっと、手紙を入れました。

今日の仕事も、無事終わり。
ぼくはふんっと満足した鼻息をふき、ベルトに差したままだった酒瓶の蓋を抜きつつ、広場のベンチによじのぼりました。
その2人がけのベンチには、先客がいました。
長い綺麗なツインテール。うさぎの毛皮のようなふわふわ白いケープ、膝丈の黒いワンピース、小さな足に紅い靴。町でいちばん幼い、まだ役職のない少女でした。
少女は分厚い本から顔をあげて、呆れたように言いました。

「のんきなものね」

ぼくは、酒を飲む手を止めました。
少女はちらっとぼくを見て、次にパン屋の方へ、きれいな顔を向けました。
店前にかかった時計は止まっていました。
少女はまた呆れたように、ケープの下から懐中時計を取り出しました。
おもわず首をのばして覗き込むと、夜の10時を回っています。
宴もたけなわ。そろそろパンも酒も尽きて、みな帰っていくころでしょう。
少女はパタンと本を閉じ、胸にかかえてうつむきました。

「こんな適当なことばかりして、きっとこの町、だめになるわ」

哀しそうに、すがるようにぼくを見下ろした少女の目は、とても綺麗でした。
ぼくは優しく笑って、一生懸命手を伸ばして少女の頭を撫でました。

「そういうことも、あるでしょうな」
「イヤよ。そんなの」

そうですとも。
ダメになって、インキになった世界ほど、苦しいものはない。
ぼくはうっすら涙をためる少女と手をつないで、大きな口をあけて笑っている町の人を見つめました。

「そのときは、また道草ですな」
「どんどんダメになるじゃない」
「いやはや」

ぼくはにっこりと、少女を見上げて笑いました。

「人生は、華麗なる道草でありましょう」

本筋など、しれたものではない。
夜に読もうと思っていた本も、瓶づめした朝の空気も、無駄になってしまった。
しかしこんな夜もまた粋なもの。
ぽかんと口をあけた少女の口に、ぼくは七色の飴玉をひとつ、放り込みました。
少女はすこしだけ目を見開いて、しかし拗ねたようにぷいと横を向きました。

「わかんないこと言って。道草ばっかりしてるのは、ばかなひとよ」
「そうですとも」

ぼくは頷き、にっこりと笑いました。

「しかしながら、こんな道もまた、粋ですな」



明日の道が知れない。

ゆえにぼくはいつだって、幸せなのであります。






           ―――END

英雄の伽《とぎ》     インタールード―― 幕間 Ⅰ

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ちりん…

エイルを米俵のごとく担いだまま、川の白岩を飛びつないでいたチェシャは、
ぴくと耳をふるわせて立ち止まった。
川は浅く、瑠璃の滝つぼに流れ込む水しぶきが虹を創っている。

チェシャはエイルを抱え直し、抜け目なくあたりの森を見渡した。

「おろせ! あいつを『落とす』……!!」
「だめ。 そんな顔色悪いひとに落とされちゃ、たまったもんじゃねえのだわ。
 イヴならへいき」
「私も平気だ、自分で歩く!」
「うるせえのだわ!」

エイルを滝に投げ飛ばし、チェシャはゆらりと川下を振り向く。

3人。
先程まで影もなかった3人の男が、それぞれ白岩の上でチェシャを見下ろしている。

白十字。
双子星。
逆三日月。

3人の手の甲にはそれぞれ、別のマークがついていた。

白十字が笑う。

「チェシャ、アリオンの手伝いか? たまに私好みのことをするなあ、お前は」
「チェシャはいつもおまえギライなのだわ」

双子星が嘲る。

「中立の記録者が…なぜアリオンの軍人を助ける? とっとと殺せ、イヴも殺せ」
「それは、虐殺者の仕事。中立かんけいない」

逆三日月が嘆く。

「イヴなんてどうでもよろしい、とりあえず貴方には仕事があるのですよ。
 今日の分の歴史を、覚えていただかなくては」
「おまえの手は借りない。 捏造がおおくて、二度手間はきらいよ」

そして黒十字のマークを身につけているチェシャは、
3人の威圧的な男を前に、―――微笑んだ。

「ちょうどいいのだわ」

愛らしい腰を振って、
川面にうつぶせ、滝に背を打たれているエイルを返り見る。
ぶくぶくと水面に泡を量産している顔を抱え上げて、
チェシャは真面目にひとさし指をたてた。

「歴史のべんきょうなのだわ。わたし、プロ」
「…は……? ゴホッ」
「この森はヴァルシスの縮図。
 3つの勢力のしたっぱが、情報収集とナワバリ争いをくり広げてるの」

教えてあげるのだわ。 あなたが壊した、国のこと。

どうしてヴァルシスが、アリオンと戦うことになったのか。
なにもかも無くしてあやつり人形になっているあなたに
今を整理してあげる。

「イヴとはここで待ち合わせなのだわ。だから合図があるまで、見てくるといい。
 ヴァルシスのこと、イヴのこと、―――あなたのこと」
「私の…?」
「あなたの日記。あれは大嘘なのだわ。特に…クルグスさんのあたりが。
 大尉さんが信じるかどうかは、分からないけど」

少しだけ哀しそうな笑顔をうかべたあと、チェシャは小首をかしげた。

「てらしあわせて、みておいで」
「なんでお前が……そんなことまで。
 敵国の軍人だぞ、もうちょっと敵意を……!」
「チェシャはすべてに中立。それが義務。だからあなたにも、平等の権利を」

チェシャは不気味にも、淡々とつぶやいた。

「あなたは―――自分がトロイの木馬だってことを、分かった方が良い」

ふわりと、エイルの襟を手放した。

「と、いうわけで! 一名様ごあんなーい!!」

ゴーッ!と轟音をたてて、エイルの体が川面にうずもれる。

「ちょ…! ごぼjbgkdwh;lg」


平等? トロイの木馬?
日記が、嘘?
いったい、何のことだ?

ゆらぐ水面の上で、チェシャがぱちんとウインクした。

「バイバイ♪ なのだわ」



Interlude インタールード   Ⅰ




蒼の世界に溺れ、エイルは巡り来る映像の渦に目を走らせる。



―――ペンデュラムライン。

落としたことは山ほどあるが、落ちたのは久々だった。
ここは、チェシャのミストルティンが管理する「ライン」なのだろう、
本流から分岐した末端。色が蒼だからそう分かる。
本流はもっとどす黒くて、暗くて、もっとたくさん声がする。

気が狂うほどに。

ヴァルシスの歴史の記録を綴った、ライン。
流れゆく映像のなかで、ひとつの窓が迫ってくる。

狭い牢獄だった。
10歳ほどの身なりのよい少年が、牢屋の前に座り込んでいる。
金髪碧眼、非常に育ちのよさそうなその少年は、
あぐらをかいて牢の鉄格子に鼻先をつけていた。
暗く湿った牢に入っているのは、傷だらけで半裸の優男……これは、何だ?

「あなたは、悪い人なの?」

エイルは足が、固い石床につく感触を感じた。

二人はエイルに気付いていない。
これはラインに落ちた「記録」。かつて生きていた人間の記憶だ。

では、誰の?

「悪いかどうかは、テメーが自分で決めればいいんですよ。
 特に俺は。 思想犯ですし」
優男が、肩をすくめてうそぶいた。

「こんな檻にブチ込まれて、俺は可哀想だと思います?」
少年は、何度か瞬いたあと、首を振った。

「ぼくには、世界中から 守られてるように見えるよ。 ダルオンさん」

エイルは、音もなく息をのむ。
ダルオン?
では、まさかこの少年は―――
優男、ダルオンは肩をくつくつと震わせ、手足の鎖をがちゃつかせた。

「じゃあコレを取ってくださいよ。領主のムスコでしょう? 
 アリオン一の処刑の街、ヴァルシスの次期領主様。たまには囚人を救ってください」
「いまのぼくに、そんなこと出来ないよ」
「ウーン、でしょうねえ。 はっはっは、ハア」

ダルオンは額を床に打ちつけた。ぐったりとトドのように横たわり、
薄く笑いを浮かべたまま、目だけを暗く淀ませる。

「無念」

そうつぶやいたのは、檻の外の少年だった。
少年は真新しいベストが汚れるのもかまわず、
腹ばいになって、無垢な目を囚人の顔とぴったり、向かい合わせた。

「ねえ。 7年って、長いかな」
「君には、長いでしょうねえ」
「あなたには、7年は短いの?」
「それなりに長いでしょうねえ。生きて、いられたらば?」
「そうなのか」

少年は立ち上がった。
ダルオンは片眉をあげ、犬歯までみえるほどに口のはしを吊り上げた。

「なんです? 出前でも届けてくれるんですか? 俺はニワトリしか食べませんよ」
「もっとおいしいものあるのに。 卵やきとか」
「美味しいかどうかは、テメーで決めるものです」
「そうなのか」

少年はこくりと頷いた。
ガン!ガン!と、堅固な鉄扉が外側から叩かれる。

「坊っちゃーん、そろそろ出ないとまずいッス! バレたらお父様に殺されます!
 俺が!」
「うーん…」

覗き穴からわめき声をよこした、つぶらな瞳から目を逸らし、
少年は名残惜しそうに檻の前を一周した。

「坊っちゃん! ああもう、シャイエ様!!」
「うんうん。 もう行く」

頷いて、少年―――シャイエは、牢獄に歩み寄った。
膝をついたシャイエは、口元にちいさな手を寄せて囁く。

「ぼくね。 あなたの本を読んだんだ」
「……へえ?」

ダルオンは、どうでもよさそうに空返事して、ぼりぼりと頬をかいた。

「でも、途中までしか読めなかったんだ」
「フウン」
「取り上げられたんだ。父様に」
「そりゃあ、そうでしょうねぇ。自分の子が思想犯の本を読んでたら、
 それだけで親はキチガイになるでしょうよ。あなたの父はマトモです。マトモ」
「でもぼくは、全部読みたかったんだ」

ダルオンは居心地が悪そうにがりがりと頭を掻く。

「もう売ってないんだ。図書館にもないんだ」
「そいでなんですか。俺にどうしろと言うんですかい」
「自分の本、全部覚えてる?」

うんざりと頭を垂れたかと思うと、ダルオンは髪を振り乱して怒鳴った。

覚えてるに決まってるだろう、クソ野郎が!!
 そのどーしょもないクソ思想を振りかざしたあまり俺はココにいるんですよ、
 なんなら脳内読み上げてやろうか、毎日気が済むまで!?」
「ホント!?」
「おいふざけんな、めんどくせえ!!」
「坊っちゃーん!! 殺されますって、俺が!!」


なんだ。こいつら。
たぶん世にも高名な人物であろう彼らの、ひどく賢明でない会話を、
エイルは口を開けて聴き続けた。

―――シャイエと、ダルオン。

アリオン連合国中の流刑人を入れた牢獄と、処刑台だけが名物だった、
山間に囲まれた「処刑の街」、ヴァルシス。

100年前、そのただ中から独立を叫んだのは、
ヴァルシスの領主シャイエと、流刑に処された元囚人・ダルオンだったという。

『……シャイエとダルオンの、出会い…?』


映像が霞んでゆく。

蒼の世界に引き戻される。



―――幕間は、はじまったばかりなのだわ。



楽しげな少女の声が、聞こえた気がした。


to be continued


さて、はじまりました「整理編」。
このインタールードを抜ければ、こっちのものさ(ほんとかよ)
だいぶ進んできましたが、
改善点や感想など、教えてくれるとすごくうれしい。
お気に入りは意外にもチェシャ。
ぜってえ好きになりそうもねえなと思ってたのに、人生わかりませんね。
仕事と並行していくので、ちょっと遅くなるかもしれないけれど
どうか、お付き合いください。
読んでくれてありがとう!



←

タイムマシンは作らない方がいい。

あまた、シロウサギ。

これは本日の昼休み、僕が社長室で社長の小言を聞くあいだ、
あまりに退屈なのでふと考えた妄想である。

オチもひねりもないただの妄想である。

「こんなクソみてえな文を読ませやがって! ファッキン!ファッキンジャップ!」
と、いわずに、
「ワオ、ジェニー! こんなクソみたいな文に時間をとらせようっていうのかい?」
「そうなのボブ、でもせいぜい5分くらいよ! HAHAHA、シット!」
と、なごやかに通り過ぎて欲しい。



タイムマシンは、つくらない方が良いような気がする。

ためしに一般市民Aさんが、タイムマシンでフランス革命期に行くとする。
タイムマシンをつかう条件として、あれやこれや制約もあるだろう。
Aさんは勤勉で、マジメで、優秀で、フランス語が堪能で、規則を守る。
歴史上の人物に手をふれてはいけませんとか、
エサを与えてはいけませんという条件にイエスと頷くだろう。

そしてAさんが、フランス革命期、
27歳のナポレオンの寝室にタイムワープすることに成功したとする。

Aさんは優秀だ。
たとえば真の愚か者がここに来たとして、
かのナポレオンに出会えたことに感涙し、彼に手をふれないようにしながら、

「あの、ウマでウィリーしてるポーズをとってもらっていいですか!?」

とお願いしたとしても、真の愚か者には伝える術もないだろう。
Aさんはまじめで、勤勉で、常識的だ。
そんな愚かなことをするような人ではない。

Aさんは流暢なフランス語でこう言うだろう。

「わたくし、未来から来ましたAと申します。
 あなたさまが未来で語り継がれていると証明できるカタログがあるのですが、
 ご覧になりますか。
 その際にはここに一筆いただくことになりますが、いかが致しましょう」

と、かの有名なダヴィッド作、『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン』が印刷された
ノートを差し出し、さりげなくサインを求めるだろう。

ナポレオンはこう言う。
「これは私のように見えるが、いったい誰が書いたのか」。
勤勉なAさんは答える。
「5年後にお分かりになるでしょう」と。

にっこりと笑うAさんに、ナポレオンは興味をもつかもしれない。
Aさんはナポレオンに決して手をふれないようにしながら、
彼がいかに偉大な人物として語り継がれているかを、具体的な事実をふせて説くだろう。
二人は妙に打ち解け、ナポレオンは、奇妙な友人のノートにサインする。

「さあ、サインした。私が未来で、どう語り継がれているかを見せてくれ」

ナポレオンは、意外にも朗らかに言うに違いない。
かくしてナポレオンは、

「かんしゃく持ち、落ち着きがない飽きっぽい性格」
「字がヘタでオンチ、クレープ占いにハマっていた痔持ち」

という、現代の歴史学の英知を目の当たりにするのである。




「聞いているのかね!」

社長の言葉で、はっと我に返った。

壁・床・天井、どこをとっても白一色の社長室の中で、
禿げ散らかした頭を乱反射させた初老の社長が非常に怒っている。

「君はどう、どう責任をとるつもりかね!?」

どうと言われても。
僕は白衣の襟をぴしりと正して、まじめに、まじめに頷いた。

「どうすることもできません」

爆音が響いた。
白壁がぶちぬかれた。
社長がまるでグ○コのパッケージのように、両手と片足をあげて絶叫した。

コンクリートにドリルをねじこむようなマシンガンの連射音が、
怒号のように流れ込んでくる。

ぼくは、夕焼けの空がひろがった壁に近寄り、
眼下の世界を見下ろした。


血の海――もちろん比喩ではない――の上で、
ナポレオンと煬帝が現代人を奴隷に決戦をくりひろげている。

廃墟となったビルの屋上ではマタ・ハリと川島芳子が磔にされ、
イエス・キリストとムハンマドとガウタマ・シッダールタがそれぞれ祝詞をあげている。

カエサルとブルータスはさながら青春のように
血の染みたコンクリートの上で殴り合い、
そんな二人を前に徳川綱吉が満足げに頷いている。

三人をまとめてガトリング砲でぶち抜いたヘンリー・リー・ルーカスは、
その肉片を拾ってアルバート・ハミルトン・フィッシュに手渡すものの、
彼はウジ虫でも見るようにして受け取らなかった。

人なら沢山いるものの、現代の政治家はどこにも見えなかった。

コの字になった部屋の隅にはりつきながら、社長は泣き叫んだ。

「君は、規則は万全にととのえたと言っただろう!?」

ふとぼくは、めぐらせた視線をとめた。
とあるビルの屋上に、ボロボロの和服を着た子どもたちがいる。
遊んでいる。 歌が聞こえてくる。
とおりゃんせ、とおりゃんせ。

「きみ、答えたまえ!!」
「規則は万全です」

行きはよいよい、帰りは怖い。
こわいながらも…

子どもたちの声が、紅い空を飛んでくるヘリの轟音に掻き消える。
あれにはいったい、誰が乗っているんだろう。
歴史上の全人類を選択肢に入れなければならない、そんな日がくるなんて。

ぼくはひとつ、ため息をついてガタガタとふるえる社長を振り返る。
襟をぴしりと正して、ぼくはまじめに言い切った。


「こちら側の規則は。 ですけどね」



これは、未来からの手紙である。


タイムマシンは、作らない方がよい。


英雄の伽《とぎ》       鈴の音が聞こえない Ⅴ

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第四章 鈴の音が聞こえない―――Ⅴ




「……あ」

それは、突然のことだった。


広場にイヴはいない。
少し前、彼はウンコだと言って森の奥へ入っていった。
あと30秒、戻ってこなかったら『落とす』―――木陰で体をやすめながら、
エイルがそう決めた矢先のことだった。

『スーパー漢方を煮たミラクル煎茶があるのだわ。きっと体調も良くなるから!』

ロッジから持ってきたツボをかかげ、
死ぬ気でいやがるエイルの口に壺ごと突っ込もうとしていたチェシャが、
唐突に、心臓でも貫かれたかのように固まった。

「……あ」

耳元で流れ出した熱湯の滝を、エイルは光速の勢いではねのける。

「あ?」

いささか恐喝じみて睨んだエイルも―――また、息をつめて固まった。
聞こえる。 今聞こえた。 あの、音。


ちりん…ッ


馬乗りになっていたチェシャが駆け出すのと、鈴の音は、
同時だった。
身をかがめ、白ネコが翠の地を疾走する。
軽々と、広場の中央に立つ高い切り株に飛び上がり、
チェシャはふわふわの白コートを、舞い上がる風に流した。

すらりとした肢体に、黒のタンクトップ。
白一色に見えたふわふわのスカートは、すその白段のうえに黒十字の柄が入っている。
腰元にひらく蝶々からのびた端は片方だけが長くなっており、
それはさながら、黒猫のしっぽのようだった。

「だめよ。 ルール違反なのだわ!」

腰に手をあてて、仁王立ちしたチェシャは、
さわめく森相手に顔をしかめた。

「ここはチェシャのおうち。 彼らはチェシャのお客さん。
 それでもほんとにやる気なの? このどろぼー猫!」

エイルは別の意味で痛んだ頭を振り、剣を手にふらりと膝をたてた。

「まだ気狂いがいるのか……?」
「なにしてんの、大尉さん」
「なにって……、ッ!」

ネコのように首を引っ張られ、エイルは腰を木の根に思いきり打ち付けた。
咳き込むエイルを見下ろし、いつのまにか傍に来たイヴはため息をつく。
ローブの下で組んだ両腕には、深い藍のアームウォーマーをつけていた。

「じっとしてて。 息するだけでもきついんでしょ」
「おま、えな……そう思うなら、ゴホッ」
「だから、サラドールはやめた方がいいって言っただろ?
 大尉さんがひとりで片付けてくれるだろうなーってにやにやしてたのに、
 このヘタレ野郎が。 ここはめんどくさいんだよ、勢力がさ」
「勢、力……?」

のど元をおさえ、なんとか首をもたげたエイルの胸元を、
イヴは古びた本で軽く押しおさえた。
あまりに大人びたイヴの表情に一瞬、エイルは目を奪われたが、
自分の重石になっているその本に息をのんだ。

ぼろぼろの皮の背表紙。手のひらにおさまるほどの、小さな本。
表紙には、エイル・ウェリテリセという署名と、
ほとんどかすれて読めなくなったDIARYの文字があった。

本を奪い取り、エイルは今度こそ、殺気をむきだしにする。

「おまえ……!!」
「暗号みたいな日記だね。ほとんど何が何だか、分からなかった」

イヴはからかうでもなく、ただ診断する医者のように淡々とささやく。

「もしかして、大尉さんにももう、分からなかったりするんじゃない?」

立ち上がり、イヴは哀れむように、言葉をおとした。

「ヴァルシスの勢力図だって、
 …まあアリオンは皆殺し主義だから軍学校では教えないだろうけど、
 だれかに、教わらなかった?」

誰かに。
そこに妙な含みを感じて、エイルはうんざりと日記を突きつける。

「誰にも教わっていない! 何を読み取ったのか知らないが、
 私にそんな面倒見の良い知人はいないし、この日記も理解してる!
 余計なお世話だ…!!」
「そうだね。でもその日記、あんまり信用しない方が良いよ。
 勢力については、あとで教えてあげる。
 あんたは敵って言うより、…何も知らずに闘ってるみたいだから」

イヴは、切り株の上に立つチェシャを見上げる。
チェシャは凛として顎を引き、前に向き直る。
イヴはローブをするりとほどいた。


「俺がアリオンで処刑されれば、あんたはそれでいい。
 …でもさ、」


見上げるエイルの前で、イヴはその華奢な身をさらした。

ベージュの半袖に、白のフード、迷彩色のズボン。
瑠璃の蒼とも藍とも色を変える、玉虫に似た光沢のウォームアーマー。
手の甲にはチェシャと同じ、黒十字の刻印が入っている。
イヴはローブを腰のベルトにくくりつけると、確信したように言い切る。


「俺をアリオンに連れて行く事自体、本当はもっと考えた方が良い。
 このまま誰かの言いなりに進めば、近いうちに後悔するよ」

「……なんだって?」

「ヴァルシスで俺を殺しておけばよかったって、あのお姫様は絶対、泣き叫ぶ」

イヴは酷薄に微笑んだ。


「7日後に処刑台にあがるのが、本当に俺だといいね」


どういう、意味だ。
そう問う前に、イヴは光の方へと疾走した。
ひらりとイヴが、チェシャの横に降り立つと、あたりの森が不意にざわめきを増した。

「大尉さんのカバーは任せたよ。チェシャ」

チリン…

イヴは、笑っていなかった。
張り詰めた空気のただ中で、森の一点を見下ろしている。

ちりん、ちりん…

チェシャは一瞬、エイルの居る木陰を振り返ろうとする。
彼女の肩に置かれたイヴの手が、それを引き止めた。

「見るな。 協力させちゃダメだ」
「ちがう、大尉さんじゃなくって、すずのね……」
「聞こえない」

イヴにかるく押し出され、チェシャは空に身を落としながら、言った。

「チェシャには 、きこえる、よ」

イヴは、森の一点を見つめている。
身をひねって、優雅に着地したチェシャは、今一度 木陰の方を振り返る。

「イヴの、なかま……?」

森が啼いた。

無数の青板が、広場を囲む。
ガラスの割れるけたたましい音が、カラスを空に舞い上げた。
エイルはなんとか膝をたて、剣をかまえる。
広場を、50人の男がとりかこんでいる。
蒼の粉を踏みしめ、もっとも頭の軽そうな若者が、イヴに向けて叫んだ。

「おかえりなさいませえ! ヴァルシスの英雄様ァ!」
「ただいま? 相変わらずバカそうでなによりだよ、バカネコ」
「クソねずみ、アリオンに傷心旅行か?! 首と心臓は置いていけ」
「黙れよ」

どこか楽しげに笑い、イヴは芝生に降り立った。
長い銀の髪をはらって、丸腰のままで、イヴは小首をかしげる。

「できれば、波風なしで森をぬけたいんだけど」
「ダーーーーメーーーー」
「だろうね」

ニヤー、と口を三日月に吊り上げた若者を鼻で笑い、
イヴはチェシャを一瞥した。
うなづくチェシャ。
ただ状況をはかりかねるエイルだけが、棒立ちしている。

「森をぬけたきゃ、抜けるまで戦いなァ!!」

一斉にイヴへと襲いかかる男たち。
同時に地を蹴ったチェシャは、
エイルの腹にとびこんで軽々と、肩に担ぎ上げた。

「ちょ……ッ!」

反転する世界。
身をよじるうちにも、翠の深い方へとめまぐるしく世界が変わっていく。

「じっとして!」
「なんで、いったい…!!」
「森を抜けてから話すのだわ!!」

もう見えなくなった、彼の姿。敵の群勢。

エイルは思うようにならない体に舌打ちし、
ただ足早に流れる世界を、見つめるしか無かった。




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また変態がでてきた!もうおれはだめだ!(笑

いやいや。またまたツヅクよ。
書きたい場所が いっぱいあるんだ。


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英雄の伽《とぎ》       鈴の音が聞こえない Ⅳ

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第4章 鈴の音が聞こえない ───Ⅳ




diary2_convert_20091128205026.jpg



枯れ果てた平野に、雨が降っている。
その中を、線香花火に似た紅花を腕いっぱいに抱えた少年がひた走っていく。
雨と、怒りに細められた琥珀の目には涙がともっていて、
馬のたてがみのように茂った大地に、しずくを散らしていく。

丘を切り開いた平野である。
眼下には霧にかすんだ町並み、丘なりの上には雲にかすんだ屋敷がそびえている。

「待て! 待てって、坊ちゃん!!」

霧の中、落ちた紅花を踏みつぶしながら、軍服を着た大柄な青年が怒鳴る。
一瞬足を止めるだけで蜃気楼になる小さな背中に、青年は舌打ちした。
平野のさなかに場違いに立っている石造りのアーチを、
少年が、やがて青年が駆け抜ける。
左右に、回廊の灯火の如く整然、延々と、墓石が並んでいる。

少年は、墓道の最後を飾る、まだ真新しい墓の前で足を止めた。
肩で息を押しだし、抱き込んでいた腕を、横殴りにふりはらう。
朱が舞った。
紅く、香り高い華が、白い墓標に飛び散る。

「エイル!!」

追いついた青年が、少年の脇を抱えて宙に引っ張り上げた。

「やめろ、ベンの墓だぞ……!」
「まだ死んでない!」

少年は嗚咽を絞り出し、必死に身をよじらせた。

「まだベンは息してる! こんな墓、要らないでしょう!?」
「本人が『混ざる』前に用意したんだ、毒の花なんか投げやがって……! 
 なに考えてんだ!?」
「怨めば良いんです!」

青年の顔が引き攣る。
少年は屈強な磔を引きちぎり、墓標を背に青年を睨(ね)めつけた。
ぼたぼたと涙をこぼしながら。

「怨んで、死ぬほど怒って、前みたいに俺を殴りに来れば良い……!!」

少年は、怒鳴りながら膝をついた。
散らばった紅花が、雨のしずくに濡れていっそう艶やかに香り立つ。
朱のまだらに顔をうずめて、少年は慟哭する。

「……皆……簡単に忘れないで欲しい……」

膝をついた青年は濡れそぼった栗色の頭に釘付けたまま、やがて力なく、座り込んだ。
ふるえ啼く少年は、冷えきった両手で青年の膝にすがる。

「クルグス……」
「…ん?」

雨に濡れ、沈んだ制帽のつばを、青年はそっとはじき上げる。
少年はいまだ地面に伏せったまま、かぼそい言葉をよこした。

「俺もいつか、クルグスやロンドのこと、忘れるんですよね」

青年は、灰の降りそうな空を仰いで、つぶやく。

「明日にでもな」

浅黒い頬を、細雨が幾重にもつたう。
少年は、青年の深緑の膝を、しわくちゃに握りしめた。
枯れた草の先から、
実ったしずくがぴち、ぴちと、少年の震える手に落ちて流れた。

「感謝を、前払い、出来たらいいのに」

少年の涙声に、青年はびしゃっと栗色の頭を叩いた。
顔を這いあげた少年を、青年は不機嫌に見下ろす。

「墓立てるよかタチ悪ぃから。それ」

少年の華奢な腕を軽々と引き、青年は立ち上がる。
泣き腫らした少年の小さな顔に、ぞんざいに制帽をかぶせて、
青年は穏やかに笑った。

「戦争終わったら、ロンドを嫁にもらうんだろ」

制帽からのぞく白い、綺麗な頬が一瞬、息をのんで引き攣った。
泣き出しそうにくちびるを噛みしめ、やがて、歯をみせて笑う。

「いつの話ですか。 それ」
「お前らが7歳くらいの時。 司祭頼まれた」
「覚えてないですよ、そんなこと」
「何ならロンドに聞くか?」
「やめてください」

少年は制帽のつばを押し上げ、すねた顔をのぞかせる。
青年は声をあげて笑い、短く刈り込んだ頭に、取り上げた帽子をぽすりと乗せた。

「こっちは全部覚えてんだよ」

頼もしい、笑顔だった。


───そんな、 微笑ましい誰かの夢を  見た。




蒼空と、若葉の翠。
うっすらと目蓋をあけたものの、あまりに眩しいその明かりから、
エイルは嫌そうに顔を背けた。
ついでに庇(ひさし)もかざそうかと、腕を持ち上げる。

「……?」

左手が動かない。
エイルは重たげに、目を開けた。

鼻先に、大きな赤の目々ふたつ。
興味心身といった様子で、愛らしい目が瞬いている。
桃めいた髪。傷一つない、やわらかそうな紅色の頬。
ネコのように顎のしたに両手を置き、少女がこちらを見つめている。

「なっ……!?」

誰だ。 どこだ。 いつだ。 知り合いか? 
体を強張らせ、動く方の手で腰元をさぐる。剣がない。

みるみる、さらに大きく見開かれる、少女の目。
やがて。

「おきッたあー!!」

少女はこぼれそうな笑顔で、大きなバンザイとともに跳ね上がった。
エイルはただただ呆然と、跳ねていく少女を見送る。
左腕がしびれている。 少女が下敷きにしていたのか。
少女は、奥に小さなロッジが見える、自然の広場に駆け込んでいく。

広場の中央に、高い切り株に腰掛けて、本を読んでいるイヴがいる。
切り株の下にようやく足をつけると、少女は背伸びしながら叫んだ。

「起きたのだわ! おわー、起きた!!」
「へー」
「ねえねえ! チェシャ、ちゃんと捜したのだわ!!」
「ほいほい」

頷きながら、イヴはひらりと切り株から飛び降りる。

「えらい?」
「えらいなあ」
「がんばった?」
「がんばったねえ」

イヴのローブを引っ張りながら、少女はこのうえなく嬉しそうにニコーッと笑った。
エイルが身を起こした木の下に、歩み寄る二人。
呆然と見つめる視線に気づいたのか、
イヴは古びた本を肩に担ぎ、そっけなく小首を傾げる。

「俺が誰か、分かる?」
「囚人だな」
「いいよチェシャ。絶好調だ」
「ぜっこーちょう!!」

嬉しそうに笑って、少女は がっ!と拳を突き出す。
少女の首もと、純白の羽根のようなふわふわ服には、
鈴のような飾りがついている。

「彼女は?」

エイルはイヴに、剣呑な目をさし向けた。
少女は少しだけ目を丸くして、イヴのローブの後ろに隠れる。

「おこってる」
「この人はいっつも怒ってるんだよー」
「彼女は誰だ?」

イヴと少女は、顔を見合わせた。
イヴが顎でしゃくる。 
少女が、千切れそうなくらいブンブンブンと首を振る。
イヴが少女を前へおす。
少女は口をあんぐり開け、1歩下がってイヴのすねを蹴っとばす。
エイルはエスカレートしつつあるど突きあいを追い払うように、

「どっちでもいい!」
「わかった、チェシャが言うのだわ!」

きっ! と勇ましく、愛らしいひとさし指をエイルに突きつけた少女は、
一瞬吊り上げた目を、またほにゃー、と和ませる。
ふわふわの白スカートを弾ませながら、少女はまっすぐに手をあげ、宣言した。


「チェシャっていいます!!」


きっかり、3秒後。
エイルは珍しく殺気を露わにして、腕を組んだ。

「で?」

「ホアッ……!?」
「ごめん、俺が言う」
「ま、待って! いまのは練習なのだわ」
「ダメだ。 残念だけど人生はいっつも本番なんだよ、チェシャ」
「め、名言……!!」

文字通り雷に打たれたように、感動したまま動かなくなる少女───チェシャ。
イヴは慣れたようにチェシャを置いて、エイルに向き直る。

「悪いね。 こいつ変わってるから。 いろいろと」
「……それで?」

エイルは脱力し、溜息をついて木にもたれ掛かった。
イヴは親指でうしろを指しながら、いたずらっぽく笑ってみせる。

「語り部だよ。 このサラドールに住んで、ヴァルシスの歴史の記録係をやってる。 
 3年目のミストル使いだ」
「チェシャは真理を知っている」

不意に響く、おとなびた声。
チェシャが、イヴのローブの裾から顔をのぞかせる。
紅い目をすっと細め、妖艶に笑った少女は、人差し指を自分のこめかみに押し当てた。

「お前の中も、ぜんぶ」

エイルは思わず背伝いに、身を引き上げた。
黒いローブから半分だけ顔を見せている少女に、妙な悪寒が背筋を撫でる。
エイルがただ、少女を凝視していると───



くりんと指をおさめ、チェシャはイヴのローブを握って微笑んだ。




「なあんて、言ってみたいのだわ」





tesya2.jpg



ただ愛らしく、微笑む少女。

ますます殺気を垂れ流すエイルに、


イヴはふうとひとつ、息をつくのだった。



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なんかまた変態が出てきたんだけど、収拾つくのかなこれ。
すべてはだいぶ風任せです。
だって創作は挑戦だっていうじゃにゃい!
がんばります。スランプ怖い。がたがた



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ユニバーサル・バニー

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英雄の伽《とぎ》       鈴の音が聞こえない Ⅲ

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第4章 鈴の音が聞こえない ───Ⅲ


どうにも、具合が悪い。
エイルは制帽を直すふりをしながら、親指で眉間のしわを伸ばした。

瑠璃(るり)の森、サラドールはさらに色の深みを増し、
蔦(つた)と苔をふんだんに着こんだ大木は、森の隙間を埋め尽くすように
絡み合っている。
何かの鳴き声はいまや息をひそめ、しっとり濡れた空気が頬を、首すじを撫でていく。

けもの道に所々、トラップのように飛び出ている根を
爪先でいなしながら先行する黒テル坊主───イヴは、
無邪気に森林浴をしているようでいながら、さりげなくエイルに何度か、一瞥をよこした。

その小さな頭を鷲づかみ、
エイルは蛇口でも回すようにぐりっと正面にひねる。

「いッ…。いた、もげるよ大尉さん!」
「前を向いて歩け……後ろを見るな、まっすぐに」
「まっすぐ無理だよ。 道分かれてるよ」
「右だ」

分かれ道の片方、より蒼深い細道へイヴを押しやり、
エイルはもう一度、制帽を直す。
凜と顔をあげるものの、その反動か軽くふらついた足に、
エイルは片目を眇(すが)めた。

「ねえ。大丈夫なの?」

ぬっと、懐に飛び込んできた無垢な顔面を、
エイルは反射的に鷲づかむ。

「平気だ」
「イキ、デキナイ」
「まったく……」

イヴを押しのけ、エイルは仏頂面で歩き出した。
具合が悪いなんて、何年ぶりだろう。
腰元に追いつき、
なおも何か言いたげな顔を向けてくるイヴに、
エイルは溜息をついてローブのすそをまくりあげた。

「ワーッ!」

2ヶ月前の野菜を生で食べた時、一升の毒水を飲んだ時、
7日寝なかった時、銃弾でわりと穴だらけにされた時……
いずれもさほど具合が悪いとは思わなかったものだが、
大地の引力は、これほど強いものだっただろうか。気を抜けば倒れ込んでしまいそうだ。

そこらのマンドラゴラでも引っこ抜いたように、
エイルはまくったイヴのローブを片手に束ね持ち、
表情を引き締めた。
顔を覆われ、千鳥足を踏んでいるイヴを不機嫌に見下ろす。

「虫の居所が悪い。 白状しろ」
「何をだよ!」
「私に何をした?」
「知らないよ、だから心配してんだろ」

ふごふごと喚き、
不自由な手の代わりに地団駄をふむマンドラゴラ。
声こそ真摯だが、布の下でどんな顔をしていることか。

エイルは俄に、息をのんだ。
手からするっと、ローブが滑り落ちる。
ローブの中から意外にも、真剣に気遣うような顔を向けてきたイヴを、

エイルは 咄嗟に突き飛ばした。

樹木の壁に背中を叩きつけるイヴ。
エイルは剣を抜きざま、イヴへ間合いをつめる。
その蹴り上げられた土くれを、錆びついた槍が射貫いた。

蒼の鱗粉を撒き散らし、一瞬で霧散する槍。

木にもたれたままのイヴに肉薄する寸前、
エイルは身を翻し、飛来した2本の槍を薙ぎ払う。
よどみなく、木の葉の影さえ動かない辺りを睨み付けながら、

「おい」
「んー?」

のんきに小首をかしげるイヴを、エイルは自分の前に突き出した。

「働け」
「ハア!?」

振り返ったイヴの鼻先を、槍の切っ先がかすめる。
今し方 背を預けていた木から伸びたその刃を、
エイルは流れるように叩き切った。
目を見張るイヴ。
刀身についた蒼の粉を血振りのように軽くはらい、
制帽を目深にかぶり直したエイルは、
そっけなく、しかしわずかに意地の悪い微笑をうかべる。

「……冗談だ」

イヴは一瞬言葉をのんで、くやしそうに吐き捨てた。

「どこが具合悪いんだよ、くそが」
「悪いとも。 早く小細工をやめないと、うっかりラインを、」

飛んで来た槍を、無造作に打ち返すエイル。
頬すれすれにかすめた破片を怨みがましい目で見送り、
イヴは肩をすくめて言葉をつなぐ。

「『うっかりラインを、ひねり潰すかもしれないぞ?』」
「ひねり潰そうと思う」
「やめろ確信犯。 大体どれもコレも俺じゃないって、この槍は───」
「分かってる。 お前の味方ではなさそうだ」

剣を地面に突き刺し、胡散臭そうな目をしながら、
エイルは首もとからミストルテインのネックレスを引き出した。
「お前にも、敵はいるんだな」

森が啼き鳴いた。
剣の柄に手をかけるエイル。
刹那、その頭上の空がひび割れた。
蒼い光のガラスをぶち破り、
薙刀を振りかぶった男が身を躍らせる。

煌めく蒼を見上げ、イヴは自嘲気味に笑った。


「もう敵しか居ないよ」


エイルの肩口に、男の刀が食い込む。
刹那、エイルの姿は霧散した。
蒼の鱗粉をもろにかぶり、男が顔を攣(つ)らせる。

イヴは誰にともなく、呟いた。

「───な。 」

チリン…

男の足が土にめり込んだ時、
その爪先で、目を剥いた男の首が後頭部をしたたかに打ちつけた。
遅れて、屈強な体が膝をつく。
一瞬、呆けるようにだらりと手を垂れ下げ、静止した巨体は、
やがて後ろに倒れることを選んだ。

血を撒き散らし、地面に沈み込んだ男の向こうで、
エイルは剣を 鞘にゆっくりと収めきる。

森は、凪いだ。
残ったのは、新鮮な死体ひとつ。
エイルは蒼白い手の甲で、頬の古傷をなぞった汗をぬぐう。

「怪我は……ないか」
「……ないよ」

エイルは疲れを押し出すように深く、息をついた。
その息にのせるように、かすれた声でつぶやく。

「お前、さっき誰に向かって───…」

かくっと、エイルの右膝がおれる。
なし崩しに膝をついたエイルの懐に、黒いテル坊主が飛び込む。
傾いだ大人の体を肩だけで押し支え、
イヴは有無を言わさぬ気迫で囁いた。

「戻ろう」
「……なんだって?」
「さっき分かれ道があっただろ。 あっち側に、休める場所がある」
「まずくなったら部下を『出す』……森をぬけるくらい、問題ない」
「ミストルテインに『落としてある』部下?」

イヴは、呆れたように溜息をついた。

「まずくなってからじゃ、そんな大技使えないだろ」

エイルは身をよじり、イヴの支えから体を落とした。
今にも瞑ってしまいそうな目をこじ上げてはいるものの、
苦しげに息をするだけで、支える手は体を起こすに至らない。

とろとろとした血がぬらす樹皮を見つめ、イヴはつぶやく。


「肩くらい貸すよ」


二人の前でただ血を垂れ流す、残党の死体。
エイルは複雑な、蒼白の顔を一瞬、思いつめるように歪めた。

「やめろ」

かすれた息を吐き、膝をたてるエイル。
だがやはり───事切れたように倒れ込んだ。
血の染みた根の絨毯(じゅうたん)に、なお爪を食い込ませる姿を見下ろして、

イヴは、啼き叫んだ。

「やめてくれよ!」

蒼白な顔を、エイルは軋ませながら空向ける。
蒼と黒のまだらを背に、イヴが今にも、泣き出しそうな顔で叫んでいる。

「───なのに、どうしてあんたらは───なんだよ!?」

あんた等。
誰と、一緒にされているんだ……?

朦朧とした視界がさらに、水の膜でもはったように霞む。
小さな黒い影が迫り来て、木漏れ日を遮った。
何か怒鳴ってる。
でもうまく聞こえない。

「俺の前で───に──混ざっ───!」
「……何…?」

死の床の親を、必死につなぎ留めるような顔。
何故この子供は、こんな顔を私に向けるのだろうか。
そもそも、

この子供は、誰だったか。

「───!」

彼が叫んでいる。
彼の、ローブの首紐がほどけている。
がっちりと拘束布で固められた、華奢な体が見える。
エイルは思い通りにならない腕を何とか樹皮から浮かせ、
少年の胸板に手を押し当てた。

───可哀想に。

     取って、やらなければ。

蒼の光が、花びらのように散った。
腕をとかれ、一瞬呆けるものの、
少年はなおも縋(すが)るような目をこちらへ向ける。
役目を終えた腕が、落ちる。

「エイル大尉!!」

チリン…

誰かの名前を怒鳴る声。 どこか場違いな、愛らしい鈴の音。

あとは、頬に跳ねた雫の感触だけが、残った。



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……イヴ……

アレグレット…(なんで)
さて、鈴の音の正体とは。「休める場所」で起こる事件とは。
彼らのおとぎ話は、まだまだ……つづ、きます…(疲れんな)

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英雄の伽《とぎ》       鈴の音が聞こえない Ⅱ

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しめった樹木の香りが満ちている。
朝つゆをふくんだ土はふっくらとしていて、素足に心地良い。
瑠璃(るり)色の森サラドールは、深い森独特の暗さはあるものの、
愛らしい青の花や蝶、小道を照らすスポットライトのような木漏れ日のためか、
不気味さはない。

下に擦るローブを跳ねさせながら、目を輝かせて歩くイヴと、
後ろからのんきについていくエイルは、どう見ても囚人と処刑人ではなかった。
吹き出しでセリフをつけるなら、こうだろうか。

「ワア、なんてすてきな森なんだろう~」
「こらこら、迷子になるんじゃないぞ。はっはっは」

実際はこうである。
小鳥のさえずる木漏れ日を仰いで、イヴは息を吸い込んだ。

「この拘束具さえなければなー。おおきーく、伸びがしたいよ」
「また今度な」
「え、今度なんてある?!」
「ない」
「……」

じりっと視線で焼いたイヴはふと、エイルを透かした奥を見つめる。
倣(なら)って後ろの小道に一瞥だけよこしたエイルは、
黙って脇の樹木に背を預けた。

もう見えなくなった森の入り口へ続く道を、
イヴは瞬きもせず、目に焼き付けている。
やがてイヴは、前に向き直った。

「休憩終わり」

エイルは組んでいた腕をとき、日の当たる小道に戻る。
先の長い、藍と水色の小道に立ち尽くしていたイヴは、
背後の靴音が追いつく前に、足早に歩き出した。

揚々とした足取りではなく、凜と。
まるで後ろなど、存在しないかのように。




   第4章  鈴の音が聞こえない


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焼きごてでも押しつけられたかのような絶叫が、小道の脇からあがる。
森が深まるにつれ、得体の知れない気配がそばで動くようになった。
すっかり高くなった樹木の空から目をおろし、イヴは、途切れた足音の方を振り返った。

森の蒼のせいだろうか。
すこし蒼白い顔をしたエイルが、剣の柄に手をかけてあたりを見回している。

「どうしたの」
「……いや。 何でもない」

イヴを追い抜いたその横顔は、やはり蒼白い。
剣の柄に置かれたままの手をちらと見ながら、
イヴは小走りに、彼の後ろについた。

「ヴァルシスの中で、この森だけ色が違うんだな」
「100年前までは、
 魔女とか化け物がいそうな、もっとドロドロした森だったらしいよ。
 ミストルテインが摂れるようになって森の色が変わったって」
「へえ」
「アリオンにも変わった森、あるだろ? 木が赤色の、レッドベルの森」
「……よく知ってるな。あんな辺境の名前を」
「生まれは、そっちだからね」

さりげなく距離を離せば、簡単にはぐれてしまえそうだった。
どこへ行ったところで結局は引き戻されるのだが。

流れる足元の落ち葉を見送っていたイヴは、
不意に立ちはだかった背につんのめった。

「わッ……と。 何?」

咄嗟に、脇へと身を翻(ひるがえ)すイヴ。
エイルは道の外れを探るように睨んでいる。
いっそう力をこめて握られた剣の柄が、かちりと鳴った。

「何か」
「え?」
「何か、聞こえないか?」

木々のささめく音がする。
ホワイトノイズのような音が騒ぐだけで、いっこうに風もない、森深く。
揺れる木の葉ひとつにまで気を立てながら、エイルはゆっくりと振り返る。
イヴはしれっと首をかしげた。

「聞こえないよ?」

ふわりとローブを風に遊ばせ、イヴは道に舞い戻る。
まだ怪訝そうな目を貼りつけてくるエイルに、
イヴは悪戯をしかけた子供のように、にやっと笑ってみせる。


「───鈴みたいな、音なんて」


エイルは呆れたように、大きく溜息をついた。
ぴょこぴょこと、楽しげに小道を跳ねていく黒色テルテルを睨み、

「……まったく。 どこが英雄だ」

制帽のつばに手をかけ、すこしだけ目深に引き下げる。
道の先で、落とし穴にはまるさまをわくわくと待つような、
邪気はないがタチの悪い笑顔でイヴが待っている。

エイルはぶっきらぼうに、イヴの背を道の先へと押しやった。

「何を企んでる」
「え、俺? 企んでないよ、見たまえこのいたいけな目を」
「いたいけ? フーン」

チリン…

三度、耳朶をかすめたその音に、エイルは視線だけをよこす。
うっそうと茂る木の上、木の下、道の奥。
一瞬でかけ巡った森の中に、鈴の主は見えなかった。
先を歩くイヴが、エイルを振り仰ぐ。
意外にも、黙っていれば純真そうな紫紺の目を見下ろした後、


エイルはもう一度その小さな肩を、森の先へと押しやるのだった。



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「これ話暗くないか!? まずい!ちょっとかわいい話にしよう!」
なんていまさら路線変更を試みるも
やっぱり火和良は火和良なのであった。

彼らのおとぎ話はまだまだ、続きます
ねこ 


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英雄の伽《とぎ》 第四章 二日目 ───鈴の音が聞こえない Ⅰ

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体感温度が、変わらない。
イヴは、暖を求めるように腹にひきよせていた腿(もも)を、檻の外へずずず…と伸ばした。

いっこうに冷たいままの鉄格子から背を起こし、
イヴは2時間ぶりに、紫紺の目を開ける。

穴あきの壁の向こうは、透明な薄桃と藍に染まっている。

廃墟同然の広間に数名いる、防寒着を着こんだ兵士たちは、
顔こそキリッとしているものの、肩を強張らせ、白い息を吹き出している。

細い肩はむきだし。上半身は拘束布一枚、下は薄手のズボンのみにも関わらず、
イヴはしんしんと刺す冷えに震えることも、
白い息を吐きながら奥歯を鳴らすこともなく平然としていた。

「……かわいそーに」

そっけなくイヴが呟くと、一人の大柄な兵士が、鋭い眼光を差し向けた。
気怠げにその兵士を眺めると、イヴは面倒そうに首をかしげた。

「なに?」

兵士は、こぼれそうなほど目を剥きだした。
猛烈な剣幕で檻に詰め寄り、怒気をおさえるように、言葉を絞り出す。

「……黙っていろ。轡(くつわ)を噛ませるぞ……」
「口があいてる方が、あんたらにとって好都合なんだろ。
 俺がいろいろ小細工して仲間を呼んだ方が、捜すテマも省ける」

殺気を滲ませ、拳を握りしめている巨人に見下されても、
イヴは空の様子でも眺めるように、落ち着き払っている。
ふと静かに睨み返し、イヴはドスのきいた声で言った。

「憎まれ口のひとつやふたつ、我慢しろよ」

男はついに、拳を檻の天井に叩きつけた。
鈍い、鉄の唸り声が響く。
ゆっくりとかがみ込む巨体。鉄格子の向こうで、血走った目がぎらついている。

「早死にしたいのか」
「……あんたには、俺を殺す方法すら無いんだろ?」

口元を吊りあげて、笑うイヴ。
一瞬、顔をこわばらせた男に、
イヴは膝をたて、不敵に微笑む顔を近づけて囁いた。

「ためしに、その剣で突き刺してみたらどうだ……?」

男は気圧されるように、かがんでいた身を引いた。
苛立ったように顔を背け、横目で睨みながら吐き捨てる。

「……化け物が」
「御宅の大尉ほどじゃ、ないよ」

どこか疲れたように、檻にもたれかかるイヴ。
男は鼻で笑って、独白した。

「あんなもの。陛下のただの玩具だ」

ギギギギ……と錆びた音を引き摺って、広間の扉が開いた。
夜明けの空を背に、扉の奥から歩み行ってくる利発そうな青年。
伏し目がちな琥珀色の目。
頬や襟足までかかった、少々長めの栗色の髪。
吐く息こそ白いが、
相も変わらず緑の軍服を纏うのみのエイル・ウェリテリセ大尉は、
檻の前にたつ大柄な兵士を一瞥すると、眉をひそめた。

「……クルグス曹長。必要以上に近づかないで頂きたい」
「呼ばれたもんでね。どうやら、お寒いらしく」

大げさに腕をひろげ、男───クルグスは、エイルに向かって制帽をとった。
うやうやしく腰は曲げるものの、薄ら笑いは正面を向いている。

「どうも。失礼いたしました……?」

帽子のホコリをかるく払い、短く刈り込まれた頭に乗せると、
クルグスは朝日が昇りかける外へと歩いていった。
エイルは制帽のつばに指をかけ、わずかに目深に、帽子を引き下ろす。
のぞく口元が、軽く引き締められた。
手をおろし、イヴを見たエイルは、いつもの冷静な顔に戻っている。

「寒いのか」
「分かってて聞くんだね」

イヴは少々、呆れたように苦笑した。
エイルは意外そうに眉をあげる。

「俺の体は、まだペンデュラムラインに浸かってるんでしょ?
 要するに、ラインからちょこっと、オモテに顔を出してるだけ。
 見えなくしてるみたいだけど、たぶん鎖もちゃんとつながってる。
 俺が逃げようとしたらウラに引き摺り落として、
 今度オモテに顔を出した時には、ふりだしに戻ってる。
 ふりだしは、あんたが持ってるミストルテインの場所だ。
 
 からだがウラにいるんだから、オモテの温度なんて分かるはず無いよ。

 拘束布を『落とした』ふりをしたのも、ラインから完全に出たって思い込ませるためだろ。
 この檻も、本当は有っても無くても良い……ただの飾りだ。
 いい詐欺師になれるよ。大尉さん」

エイルはくそ真面目に頷いた。

「そうだな。あまり私を信用しないことだ」
「あっはっは、いつになったら通じるかなあ。俺の処刑に間に合えばいいけど」
「アリオンの首都に着くまで、この方法で護送する。
 噂を流すより、お前そのものを人目にさらした方が手っ取り早い」

エイルは膝をつき、ポケットから小さな鍵束をとりだす。
檻の鍵が外れる。
キイ、とちいさく蝶番(ちょうつがい)を鳴らし、扉が軽々と開いた。
イヴは笑っていた口を引き結ぶ。
どこか冷めた目で、縦線のない世界───
広間の扉の向こう、一ヶ月ぶりの朝焼けを眺める。
エイルは、檻の横に置いてあった子供用の黒ローブを腕にかけ、

「出ろ。出発する」
「どういうルート? それくらいは、教えてもらえるんだろ」
「お前達にとって、馴染みの道すじだ」

イヴは檻にもたれたまま、朝日のなか、こちらを振り返っているエイルを睨んだ。
冷徹な目で見下す軍人と、今にも殺しにかかりそうな殺気を向ける囚人。
周りの、白い息を吐き出し続ける兵士たちは、いっそう騒がしく奥歯を鳴らした。
エイルはイヴを見返したまま、口だけを動かす。

「100年前ここで処刑された売国奴シャイエの首が、
 アリオンへ輸送されたとおりの道で行く」
「……なるほど? じゃあ今日は、森林浴か」
「そうだ。 今日はサラドールの森を抜ける」
「抜ける、ね」

イヴはどこか楽しそうに、檻から身をくぐらせ、立ち上がった。
ぺた、ぺたりと木の床を踏みしめ、エイルのもとに歩み寄るイヴ。
兵士達が僅かに緊張し、ある者は思わず、剣の柄に手をかけた。

エイルはただ淡泊に、華奢な少年を見下ろしている。

イヴの、拘束布にまきとられたままの上半身をふわりと、
黒いローブで包むエイル。
弟にでも世話を焼くように、ローブの首元の紐を結ぶ。
イヴはエイルの手元を見つめながら、囁いた。

「寒くないって、知ってるくせに」

エイルは、応えない。
きゅっと蝶々を結び終えると、背を向けて歩き出す。
イヴは視線を落とし、去りゆく足元の影に言うように、つぶやいた。

「サラドールの森は、やめた方がいいんじゃない」
「……何故だ」

イヴは歩き出す。
近づく扉。兵士達の鞘鳴りが頻繁に聞こえ出すものの、
扉が閉まる気配はない。
出口で足を止めていたエイルの横に、
イヴはとうとう、並び立った。

山あいの端から、日が昇っている。
ほぼ廃墟と化した故郷に、暖かい日が射し込んでいる。
目をほそめ、淡い風に髪を梳かれながら、イヴは息を吸い込み───
すっとエイルを見上げた少年の目には、力強い意志が灯っていた。

「狩られるのは、どっちだろうな」

エイルを残し、階段を下りていくイヴ。
兵士が剣や銃を向けるなか、平然と歩いていく小さな背を見つめ、
エイルは剣の柄に一瞬、手を置いた。

自分の命綱を確かめるように。

やがて歩き出すエイル。
歩いていく二人を見る兵士の目は、いずれも畏怖や戦慄に染まっている。

ふたたび横に並んだ時、エイルは僅かに身をかがめ、
イヴの耳元で囁いた。


「───弱い方に決まってる」


イヴは、エイルを振り仰ごうとはしなかった。

ただ凜とまっすぐに


前だけを見つめて、歩き続けた。



next episode  → 鈴の音が聞こえない Ⅱ


え、やだなにエイルこわい…
さて、サラドールの森で何が起こるのか。
イヴの警告の理由とは…?
おとぎ話はまだまだ続きます。


←

英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅴ

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右には、粉状の灰だけが残る、レンガ造りの暖炉。
床には、血の黴(か)びた黒と、元の紅がまだら模様になっている、
見渡す限りのベルベットの絨毯。
左には、夜の藍が見える、穴の空いた壁。
そして正面には、
豪華な両開きの扉と、胸をはって仁王立ちしている首なしの鎧がある。

イヴは目を見張り、檻の格子にとびついた。

「……ここは……」
「売国奴シャイエの第一側近、ダルオンの屋敷だ。
 今日はここに泊まる」

広間の中央に置かれた、中型犬一頭が入れる程度の檻に、
エイル・ウェリテリセ大尉は重い靴音を響かせながらゆっくりと歩み寄る。
狭い檻の中でイヴはなんとか首をもたげ、声のする頭上を振り仰いだ。
首の見切れた軍服の青年。
おそらくこちらを見下ろしているであろう、無数の勲章のついた首元を、
イヴはえぐるように見据える。

「ヴァルシス首都の中心地。シャイエの屋敷にもっとも近い、従者の砦のひとつ。
 お前達が最後まで籠城した、決戦の場所だ」
「悪趣味な宿だな……最後にあんたと話してから、何日経ったわけ?」
「まだ9時間しか経っていない。
 せいぜい懐かしむといい。もう二度と、来ることはないだろうからな」

踵(きびす)をかえし、扉の方を向くエイル。

その横顔をかすめ見て、イヴは剣呑な目をわずかに見開いた。

眉根をよせ、口元を引きしめて、つらそうに虚ろな目をおとしている。
無関心で、冷酷な声をよこした主にそぐわない、
まるで親友の葬式に参列しているかのような顔だった。

イヴは思わず、格子をつかんで声を張り上げた。

「あんたさ。何がそんなに哀しいんだ?」

緩慢に、立ち止まるエイル。
ふたたびこちらを向いた彼は、あの淡泊な無表情に戻っていた。
機敏に、妙な気迫をおびて血の染みた絨毯を直進してくるエイルに、
イヴは怯(ひる)むことなく、言い放つ。

「さっきから、何でそんな───」
「腕を組め」
「う……は?」
「拘束布が『落ちて』いる。 腕を組め。
 それとももう、腕は必要ないか」

見下ろすエイルの目に、憂いの色はかけらもない。
イヴは不満そうに、そっぽを向いて二の腕を抱く。

「『落とした』のはおまえだろ。維持も出来ないヘタレが」
「維持も出来ない……? はじめて言われたな」
「最悪だよ。 箱は乱れるし走馬灯は見えるし、もう処刑されるのかと思った。
 手っ取り早く、ペンデュラムラインで首を吊ってさ」
「安心しろ」

皮肉げに笑うイヴに、
エイルは胸のペンデュラムを淡く発光させながら、生真面目に呟いた。

「おまえは丁重に殺される」

9時間前と同じく、白い拘束布に締め上げられるイヴの上半身。
半ば呆れ気味にイヴは、背中を檻に預ける。

「どうぞ、お構いなく」
「そうもいかん」
「あのさ、大尉さん。 皮肉って言葉、知ってる?」
「知識としては」
「疎いってことね……」

あさっての方を向き、ニヒルに呟くイヴ。
エイルは怪訝そうにイヴを見下ろし、ペンデュラムを軍服の下にしまい込んだ。
緑の布地の下にともった光は、やがて遠のくように小さくなり、消えた。

「お前の他に、2945人抱えてる。多少の不具合は赦せ」
「……2945人?」
「死体含めて、4263人。文献が23407冊、武具類が825……
 そろそろ、容量が厳しいところだな」

簡単な数式を読み上げるような平然とした呟きに、
イヴはただ呆然とする。
目の前の、腰に剣を一本差しただけの若者に、イヴは顔をこわばらせて尋ねた。

「あんた、本当に大尉……?」
「ああ」
「嘘だ。ヴァルシス一のミストル使いでも、そんなに容量はでかくない……!
 アリオン連合軍の総帥でも、
 せいぜい100人『落とし』て維持するのが精一杯のはずだ!」
「階級と、実力が比例するとは限らない」

エイルはふと、冷笑を浮かべる。
獰猛(どうもう)な目に射貫かれ、
身を檻の壁におしつけたまま、イヴはすっと冷や汗をながす。

「お前も、そうだろう? 
 何をもってその歳で英雄と呼ばれたのか……この目で見てみたかった。
 
 語りべになれそうな、最後の決戦に居た連中は
 敵も味方も殆ど死んでしまって、
 
 それにお前が英雄の姿でおとぎ話になるには、少々味方の口が足りない。
 
 自分の国を好きだとはっきり言うあたり、
 ミストルテインに手を出したわけでもなさそうだ……
 頭がまともなうちに、自伝でも残しておくんだな」

「あんたは……」

イヴは、乾いた喉をなんとか嚥下(えんか)した。

「あんたはもう、まともじゃないのか……?」

ひどく冷めた目で、エイルはイヴを見返している。
イヴは身を乗り出し、畳みかけた。

「あんたは一体、今、どこまで混ざって───」
「16歳以前の記憶が亡い」

エイルは自分の傷だらけの手のひらをながめ、他人事のように囁く。

「自分がエイル・ウェリテリセだということは分かるが、
 エイルがどういうものを好んで、どういう思い出を大事にしていて、
 どういう性格だったのか。 ……よく思い出せない。
 最近は、昨日が『どれ』だったのかも分からない。
 記憶の時系列がうまくつながらないんだ。
 だから日記がないと、昨日何があったのか確認できない。

 軍の中に幼馴染みだったらしい女が居るが
 彼女に『性格が変わった』と言われても、どこが変わったのか分からない。
 だからもう、もとのように振る舞うことも出来ない。
 エイルが自分の国を愛していたかどうかも、───もう亡くした。

 どこまで混ざったかとあえて言うなら、もう末期なんだろう」
  
末期。
なんの悲嘆もためらいもなく、彼は自分にそう宣告した。
イヴはかすかに涙をためて、顔をそむける。

「分からないよ」
「何がだ」
「どいつもこいつも、みんなそうやって……!」

吐き捨てるように、イヴは怒鳴る。

「自分がいなくなるのを分かってて……何のために命賭けたんだよ!?
 最後にはそうやって何もかも、殺し合った理由も忘れて、
 相手を殺してまでやり遂げたかった事も忘れて!!
 そんなの、意味ないじゃないか!!」

「本当に、使ったことないんだな」

侮蔑ともとれる淡泊な声に、イヴは顔を跳ね上げ、エイルを睨めつける。
エイルは冷静な面立ちで見すえ返し、やがて伏し目がちに呟いた。

「それでいい」

それはささやかな、微笑に見えた。
口元をわずかに緩め、エイルは穏やかにイヴを見下ろしている。
涙をためた赤い目をみはり、息をつめるイヴ。
踵をかえし、エイルは凜とした横顔で言った。

「なんのために闘ったかだけは、覚えているよ。
 ミストルテインは、石を初めて持った日の記憶だけは、奪わない。
 
 100年も続いている戦争を、明日にでも終わらせるためだ。
 陛下が望むなら、ヴァルシスの人間を皆殺しにしてでも。
 
 そのためなら、手段は選ばなかった」

イヴは檻に背をぶつけ、詰めていた息を大きく吐き出した。
足元の黒い鉄板をにらみつけたまま、底冷えするような声で唸る。

「あんたはアリオンの人間だろ。『ミストルテイン』はヴァルシスでの呼び名だ。
 ちゃんと悪をくじいた神具の名前で呼べよ。
 あの傲慢な女王陛下は地獄耳より耳が良いんだろ?」

「あの石は、神の恩寵じゃない」

ふたりは一瞬だけ、殺し合うような視線を交わした。
背を向け、扉の方へ歩いていく、エイル。
近づくエイルの足音に反応したかのように、ふたつの扉が重々しく開かれていく。


「あれは、───断頭台だ」


開かれた扉の向こうには、
点描画のように藍をうめつくす、無数の篝火(かがりび)が揺らめいている。
歩み出て行くエイルを見るなり敬礼する、大勢の兵士達。
エイルはふと思い出したかのように、イヴを振り返った。

「今回のお前の護送は、残党狩りの撒(ま)き餌もかねている」
「撒き餌……?」
「まだいくつか、主犯格の死体があがっていないからな。
 おまえをアリオンへ護送すると、ヴァルシス中に流してある。
 主犯格はまだだが、───効果はすでに実証された」

イヴはただ呆然と、首を振った。

「嘘だ……看守は、看守の話じゃ、主犯格は全員、
 俺が捕まった後、……殺された、って」

「看守が希望を与えるわけないだろう」

残忍に言い放ち、エイルはすがるようなイヴを残して、
外へ続く階段を下りていく。

「誰が……誰が生きてんだよ! 大尉!!」

軋む悲鳴をあげて、閉まっていく扉。
狭まる外への出口。
その隙間からいまだ滑り込んで伸びている、エイルの影。
彼はわずかに首だけで振り向き、囁いた。

鈍い音を響かせ、閉められる扉。

広間にたったひとつ残されたランプの灯りさえ、ふっと掻き消える。
イヴはのろのろと冷たい鉄の床に手をついた。

やがて頽(くずお)れるようにうずくまり、
しっかりと届いたエイルの言葉を、 絞り出した。



「アレグレット……ストラウス……」



穴の空いた壁からは、外の篝火の熱気が伝わってくる。


夜明けはいまだ、───遠い。




next episode   第四章 鈴の音が聞こえない Ⅰ




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い、一日遅れじゃないよ。ほんとだよ。
一時間遅れだよ。←処刑 
舞台は新章へ。
哀しい二人の英雄に、
果たしてどんな出会いと別れがあるのでしょう。
感想、疑問、アドバイス。お待ちしております。

英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅳ

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暖炉の傍まできたアレグレットは抱かれたままのイヴを見下ろすと、
少々乱暴にかついだ大剣をすべり落とし、唇をとがらせた。

「いーーな~~イブゥ~~」
「……思ってないくせに」

イヴの頭をぎゅっと抱え込んで、拗ねたように暖炉の火を睨むヒュイ。

「思うかよ」

アレグレットは、伏し目がちに笑った。
彼は不意に、イヴを抱き込んでいたヒュイの腕を引く。
彼女は驚き、頤(おとがい)をあげる。
腕の庇(ひさし)が消え、急に射した火の灯りに目を細めて、
イヴはヒュイの肩口に額をよせた。

女の華奢な手首を引き、黙って見つめる男。
引かれた手を預けたまま、男を見上げている女。

お伽噺を切りとったような影絵が、床に映っている。

白い薄衣を羽織った 華奢な腕が伸びる先に、逞しい男の腕。
アレグレットは
彼にしては珍しい、なにかをためらっているような顔で、
ヒュイを見つめている。
不意にアレグレットは、視線に気付いたようにイヴを見やった。
イヴは目を逸らさず、黙って見つめ返す。

先に目を逸らしたのは、アレグレットの方だった。

引いていたヒュイの手からミストルテインを取りあげ、
アレグレットはゴミでも投げるように、石を鎧の中へと放り込んだ。

「あまり、長々と持つな。何人入ってると思ってる」

カラカラ…と、石の跳ね回る音がようやくやんだ頃、
鎧と向き合うアレグレットは、ぶっきらぼうな呟きをよこした。

とかれた腕をゆっくりと床におろし、
ヒュイは再び、暖炉の方へと向き直る。
イヴの視界にもどってきた美しい横顔は、火影のためか頬がほの紅い。
やがてヒュイは、ふと口元をゆるめて、困ったように微笑んだ。

ヒュイの膝から、イヴは立ち上がった。

「お入りになっているのは12人ですとも! 
 我が家 歴代の党首が満載のミストルテインでございます!
 そしてお前は13人目でございます!」

兜を戻されたとたん、渾身のジェスチャーとともに喚きだした鎧に
アレグレットはめんどくさそうに何度か頷いた。

「7代目のジジイがショタコンの変態だったな。混ざったんじゃないだろうな?
 うちの軍師に変な不純物まぜんなよ」
「だれが不純物! この高名なるヴァルシスの英雄に向かって!」
「黙れ」

がんッ!と鎧の股間を蹴っ飛ばし、
アレグレットはようやく、暖炉の前に腰をおろした。
禅をくむようにあぐらをかき、
やけにクソ真面目な顔で考え込んだ後、ぽんと膝をうつ。

「7代目だけ、歴史から消そう」
「あなたの思考回路って、本当に理解できないわ」

一転して、冷め切った目でシーツにくるまり、寝転がるヒュイ。
アレグレットはいまだ真剣を崩さず、無駄に厳(おごそ)かに続ける。

「かれこれ10年、あのジジイどもを維持してきたけどな。
 7代目は俺の脳みそに余る。
 やたら干渉してくるしエロいし変態だし、とにかくやかましい。
 混ざりたくないジジイランク1位だな。
 そろそろ子供のひとりでも産んで、俺は前線から退いてだな。
 脳みそをリフレッシュしたいんだよ」

「そうね。まず生まれ変わって、子宮をもつことから始めましょうね」
「めんどうだ。貸してくれ」
「バカの子は産みたくないの」
 
三人で暖炉をかこむように、イヴはすとんと、二人の横に座り込む。

「さっきから、混ざるって……なんのこと?」

アレグレットはしばらく真っ直ぐに、揺らぐ炎を見つめていた。
うずうずと説明したそうに首を伸ばしている鎧が、
ガショッ。ガショッ! とこれ見よがしに甲冑を鳴らし、イヴにアピールしている。

アレグレットは、鎧を目だけで一喝した。

二の腕についた革のバンドを外し、
内側に仕込まれたケースから、小指の爪ほどのミストルテインを
手のひらにこぼれ落ちるほど振りかける。

「触るなよ。 今は見るだけだ」
「……ひとつくらい」
「これは純度が高い。慣れてない奴が触ると、
 まあ……混ざるんだよ。一発で」

ちょいちょい、とえり好み、少々蒼の薄いひとつぶを指でつまむと、
アレグレットは残りをケースに流し入れた。
不満と怪訝のまざった顔で、しかし身を乗り出して、
イヴはアレグレットの手のひらを覗きこむ。

「ミストルテイン。 『裏側』 に潜れる、唯一の物質だ」

「ウラ……?」

「俺やお前がいるここがオモテだとして、
 そうだな……『時間と切り離された場所』っていう感じか? 何て言ったらいい」

「場所のイメージとしては、海のなか、鏡のなか、闇のなか……そんな感じね。
 
 オモテの人間をウラ側に押し込んで幽閉したり
 ウラ側に潜って、オモテのある場所に顔を出したり。
 人間の人格や記憶を、ウラに閉じ込めて引き出せるようにしたり。
 
 要するに、現実世界の下にある海みたいなものね。
 
 ウラ側にはまったく『時間』や『位置』や『境界線』がないから、
 ウラに落としこんだものが元のオモテへ帰るためには、
 『帰る時間』と、『戻る場所』と、『オモテに戻るまで、形を保つ箱』が必要なの。
 
 それを設定して、落とすモノに鎖をつけられるのが、ミストルテイン。
 でもその鎖を オモテに戻すまで『維持』できなければ、
 オモテには 二度と帰ってこれなくなる。
 
 『維持』するには、脳のなかでずっと
 その情報を『おぼえて』いなければならなくて、
 まあ常に、あたまの片隅に置いておくって感覚かしらね。

 逆にそれを逆手にとって、
 ウラ側におとして『維持』を解除して、相手を殺してしまうとか…
 ヴァルシスでは絶対に禁止されているけど、手軽に一気に殺せるのは確かだし
 まあ、いろいろ出来ることはあるけど、
 …リスクも大きいし、末路もひどいものだから、私は使う気になれないわね」

 
言葉の最後でヒュイは胎児のように体をまるめ、アレグレットに背を向けた。
アレグレットは暖炉を向いたまま、空(くう)に目をおとしている。
どこか沈んだような二人に、イヴは一瞬とまどったように、言い淀む。

しかしやがてアレグレットを見すえ、尋ねた。

「……最期は、どうなるの?」

イヴを横目で見据え返す、アレグレット。

壊れた壁からのぞく夜空は、薄い藍に変わっている。
雪はもうやんでいて、朝の静けさと染みいる冷たさが、肌をさす。
ごそ、ごそりとさざめき出す、人の背の海。

アレグレットは目を後ろへながし、あたりの気配を一瞥すると、
大剣を持って立ち上がった。

「そろそろ支度しろ。
 ああ、…俺も初陣の夜は寝られなかった。 心配すんな」

相手を安心させる、普段どおりの不敵な微笑だった。
背を向け、扉の方へ歩き出すアレグレット。
床に横になったままのヒュイは、そっと目を伏せる。

あの、哀しそうな表情だった。

拳を握りしめるイヴ。
歩いていくアレグレットの二の腕をわし掴み、強引に振り向かせて、
イヴは怒鳴った。

「最期はどうなるんだよ……!
 隠したって、いつか分かることなんだろ?」
「分かるよ。 今日にでもな」

アレグレットは腕を掴まれたまま、イヴを見下ろす。
イヴは思わず顔を引きつらせ、腕から手を離した。
アレグレットは静かな気迫をむきだしたまま、つぶやいた。

「お前は、ミストルテインには手を出すな」

ふたたび歩き出すアレグレット。
扉の前で立ち止まり、彼は挑むように呟いた。


「あれは、───断頭台だ」


彼が押し開けた扉のむこうには、
雲一つない夜明けの空と雪原がひろがっている。
やさしい薄桃と、藍の光。そのなかにひとり立つ背に目をこらすイヴ。

ちいさくイヴは、口を動かした。


「あんたはもう、登っちゃったわけ……?」


扉が重々しく、閉まる。

イヴの足元の床が、たゆたうようにゆらりと歪んだ。
よろめくイヴ。その紫紺の目から、涙の粒がひとつ、こぼれて散った。
掴むものもなく、眼前にせまる床を呆然とながめる。
その首元に、乱れた映像のようなノイズとともに、鉄の首輪がうかんだ。

鎖の鳴る音がする。

イヴはいつの間にか、薄暗い銀色の空間を真っ逆さまに落ちていた。

大量のモニタがそこにあるかのように、
空間という空間を映像がうめつくしている。

アレグレットが人懐っこく笑っている。ヒュイが泣きしゃぐっている。
薄汚い、スラム街の町並み。 ヴァルシスの夕焼け。
血塗れの背中の海のなかに、アレグレットが立っている。
愛用の大剣を  血を吸い尽くしてびちゃびちゃになった地面に突き刺し、
柄に額をあてて項垂れている。

イヴは落ちながら、小さくつぶやいた。
心底、 哀願する声だった。

「アレグレット」

彼は、顔をあげた。
横顔にかかっていた髪が、風梳(す)かれて揺れる。
その狂気めいた顔がこちらを向いたとき


すべての映像は、白に塗りつぶされた。


鎖がひときわ、大きく啼いた。
首をぐっと引かれ、イヴは息をつまらせて目を剥く。
足元に延々と続く白の床に、
長い長い鎖の影と、
その先端にテルテル坊主のように吊るされている、子供の影がうつっている。


ふいにぷちんと、首元の鎖が切れた。


ヒザを思い切り打ち付け、イヴは倒れ込む。
何度か咳き込み、くらむ頭をふって、イヴは上半身を重たげに起こす。

目の前には、もう白の世界は無かった。
堅牢な鉄格子と、その向こうに立つ緑の軍服の青年。
エイル・ウェリテリセ大尉が、ミストルテインを手に
イヴを静かに、見下ろしていた。



next episode メルへン Ⅴ

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一日遅れだめ。ぜったい。
アレグレット… 
感想・疑問・アドバイス等々、お待ちしてます
 白猫

英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅲ

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そのやかましい鎧は、足だけは土台にくくりつけられており、
自由に動くことは出来ないようだった。

鉄の関節を大いに騒がせながら、
鎧は大舞台のプリマドンナでもそこまでしないだろうというほど大仰に
よよよーっと泣き崩れ、……ようと試みている。実際はせいぜい、
鎧と床の角度が垂直から45度くらいになる程度である。

なんとか膝をつこうと前や横にうねり、反り返る鎧は、
見ていて非常に、非常に、気持ちが悪いものだった。

「シャイエに死ぬまで付き添った臣下の家系!
 それが王になってはならぬのでありますよ!」
「まあ、鎧さんたら。大事な初代さまの御劔(みつるぎ)を投げ捨てるなんて」
「素敵でしょう!!」
「そうね、すてき」

ヒュイは全く大したことなさそうに、
穴の開いた壁からすっ飛んでいった剣を追い、のんびりと出て行く。

イヴはただただ、鎧を見つめて固まっている。
鎧も諸手をあげ、膝を前屈しかけたまま、顔だけをイヴに向けている。
鎧は何を思ったか、直立不動に戻って厳かに宣言した。

「私のことをただの鎧と思わない方が良い」
「……中の人が何歳か知らないけど、はやく大人になった方が良いよ、君。
 将来のためにも」

鎧は今度はわてわてと両手をばたつかせ、猫背格好、ネコ撫で声で話し出す。

「何を言いますか、中に人など居ませんとも! ええ居ませんとも!」
「いるに決まってるだろ、じゃなきゃそんな───」
「入ってないのよ。誰も」

御劔をかかえ、雪をつけて帰ってくるヒュイ。
鎧はガションッ!と姿勢を正し、うやうやしく剣を受け取った。

「いや、かたじけない」
「いいえ。いっそ折ってしまえばよかったのに」
「何てことを仰るか! いやまったくその通り」
「どっちだ」

ぼそりとつっこむイヴ。
ヒュイは苦笑して、イヴの額をぺちりと叩いた。

「どっちも本当なのよ」
「……はあ?」
「鎧さん。 仕掛けのタネを、ちょっと貸していただける?」

鎧の胸元を指で撫でながら、妖艶に微笑むヒュイに、
鎧はガショーッ!!と身を正して声を張り上げる。

「ヒュイ殿であればいつでも! 
胸でもッ!! 体でもッ!!!」


「他には何もいらないわ」

さらりと言うと、ヒュイは鎧の頭をがこんと外して手を突っ込んだ。 

イヴはただ、口と目を生気無く開いて、
気持ちの悪い至福の声をもらす、首のない鎧と、
物置箱でもあさるような淡泊な顔で鎧の胴体に手を突っ込んでいる目麗しき女、という
このうえなくシュールな絵を呆然と見つめていた。

鎧の奇声が止まった。

文字通り、ネジが切れたように黙り込んだ鎧から手を引き抜いたヒュイは、
ふわりとイヴの前にかがみ込む。
驚き、我にかえったイヴを、感慨深そうに覗きこむヒュイ。

「明日からあなたも、ヴァルシスの義勇兵か」
「……何?」

落ち着かなげに、顔をそらすイヴ。
ヒュイは肩をふるわせ、楽しそうに笑ってみせる。

「いや。膝をついたら、顔が上にあるんだもの。おおきくなったな、って。
 あんなに小さかった子がもう13歳で、最年少の義勇兵だなんて、
 ……アレグレットも、すこしは昔と変わればいいのにね」

ヒュイは、笑いながら、哀しい顔をする。
イヴはそんなヒュイをかすめ見ては、やるせない顔で目をそむけた。

そのはかなげな微笑は、
派手で妖艶な外見からは想像もつかない、彼女のとある癖だった。

この微笑で、加えて、ひとりごとのように質問をつぶやいたら、
たいてい彼女は相手の答えをある程度、決めつけている。
相手の出す答えは、自分の望む結果ではないと踏んでいる。

「……たとえばの話なんだけれどね。
 5年前、もしアレグレットが、国境であなたを拾わなかったとしたら」

言葉が進むにつれて、ヒュイの美しい顔からは明るさが失せていく。
残ったのは、哀や戸惑いの混ざった微笑だった。

そして彼女は、ひとりごとのように呟いた。

「あの時アレグレットや、私に会わなくても、
 イヴはこの国に来て、義勇兵になったのかしら」

俯いたヒュイを見下ろす、イヴ。

突然、イヴは尻餅をつくほどに、勢いよくしゃがみ込んだ。
驚いたように見つめるヒュイと目を合わせたかと思うと、
イヴはふいと横向いて、呟いた。

「これくらい」
「……え?」

座った自分の胸あたりを手刀でかるく切りながら、
イヴは仏頂面でたどたどしく、話し出した。

「5年前は、いっつもこの高さにヒュイの顔があったんだよ。
 7歳のガキだった僕に合わせて、いつもこれくらいにかがんでた。
 
 アレグレットも、僕がどこに行っても、どこまでも追っかけてきてさ。
 稽古中に僕が崖から落ちたときも、落ちなくて良いのに落ちてきて、
 僕よりも多くあばらとか色々折ってた。
 
 稽古中は血塗れになってても放っておく癖に、
 稽古が終わるとヒュイがすっ飛んできて、じべたに座ってケガの手当てして、
 ……だから、僕は、自分がおおきくなっただとか、身長伸びただとかはあまり、
 感じたこと無い。
 いつも二人が、目線合わせて、屈んでくれてた。から」

戸惑ったように、だがしっかりとイヴを見つめているヒュイ。
イヴはそんなヒュイに気づくと、
困り果てたようにシーツのフードを目深に引っ張った。
すすけた布からのぞくのは口もとだけで、あとはすっぽりと、シーツをかぶっている。

「僕は、……俺は、この国に生まれたわけでもなんでもないけどさ。
 命はずっと、アレグレットとヒュイに貰ってきたよ」

暖かい火の灯りに照らされながら
大きなてるてる坊主は恥ずかしげにそっぽを向いて、そう呟いた。

「だからそのたとえ話は、本当に、ありえない事なんだって」


「……そう」


吐息に音をのせただけの、ヒュイの読めない囁き。
イヴはフードのすそを少し上げ、真っ赤に染まった、すねたような顔を覗かせて───

「うおっ……ッ!?」

身を引き、のけぞった時には、遅かった。
頭を優しく抱き込まれ、体ごと、柔らかいヒュイの腿にひきあげられたイヴは、
哀れなほどに目を白黒させ、硬直した。
優しく、しかしまだ僅かに悲哀をのこして微笑みながら、
ヒュイはイヴの頭をそっと、ぽんぽんと撫でた。

「戦場に、出したくないな」

上からの穏やかな声に、イヴは困ったように笑った。
肩のこわばりをといて、
こどもらしい、いたずら好きな少年の顔でヒュイを見上げる。

「ヒュイらしくないね」
「そうね。 いまちょっと感激しているから、混ざってしまったのかも。
 自分から、誰かを抱きしめるなんて」

無邪気に笑ってヒュイは、綺麗な拳をイヴの目の前に差し出す。
白い指のすきまから、蒼い燐光が水のように滴っている。

イヴは今一度、ヒュイを見上げた。

彼女はいまや、
知将と呼ばれるに相応しい、凜とした面持ちでイヴを見下ろしていた。
花開くように、ふわりととかれる拳の力。
中には、まばゆく光る蒼の石がひとつ、乗っている。

「ミストルテイン。 ヴァルシスでは、そう呼ばれているの」
「……ミストル……武器なの? これ」
「おそらく最強のね。使いこなせれば、世界で一番強くなれるでしょう。
 造り方も、原石を使いやすいように加工するだけ。
 アリオンでは、タスラムと呼ばれているらしいけど」
「へえ……」

蒼の光を眺め、吸い寄せられるように手のひらを差し出すイヴ。
ヒュイは拳をすっと遠ざけて、真摯に首を振った。

「本当はね。ヴァルシスでは使用を禁止してるものなのよ。
 アリオンから独立しようとしたとき、
 シャイエは、この石の売買と所持だけは固く禁止したの。名前もわざわざ変えて」
「ミストル……?」
「テイン。意味は、……災いの矢。
 ただの自然物なのに、唯一神を殺せる凶器になった、宿り木の名前からとっているの」
「最強の武器なのに、禁止したの?」

怪訝そうなイヴに、ヒュイは微苦笑して小首をかしげる。

「この石は、ずっとずっと昔から
 人間が戦争をしている地域の、綺麗な滝の奥にだけ、結晶をつくるの。
 使いこなすには才能と努力がいるけど、数には絶対困らない。

 アリオンでは、神から借りえた『神具』だといって、これを崇めているけど
 シャイエは、……そうは思わなかったみたいね」


「その話なら、十八番だったんだがな」


驚いて二人は、広間のドアの方を振り返る。

いつの間に戻っていたのか。

壁にもたれて腕を組んでいたアレグレットは、
不満そうに大剣を担ぎ上げ、暗がりから灯りのなかに踏みいった。


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英雄の伽《とぎ》       メルヘン Ⅱ

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「おとぎ話でも、してやろうか」
暖炉のまえで胡座をかいていたその男は、手を打って呟いた。

古びたベルベットの絨毯を埋め尽くしている、人間の背中の海。
壊され、夜空がぬけている部屋の一角からは、粉雪が降り込んでいる。
ひろい広間をぐるりと取り囲む、屈強そうな男たちの肖像画。
床におち、雪とホコリをかぶった、愛嬌のあるシカの剥製。
広間の出口には、ぴしりと背をのばした鎧が一体、立っており、
ところどころ背中の海がとぎれた場所は床がぬけていて、床下の地面が見えていた。

てるてる坊主のようにすっぽりと、煤(すす)けたシーツをかぶったイヴは、
橙の光のなか長い影をのばして立ちつくし、男を見下ろしていた。

男は長いまな板のような巨大な剣をひざの上に置き、
この氷点下にも関わらず、無数のえぐり傷がのこる逞しい上半身をさらしている。
自分より遙かに小さな少年を見上げ、
男は、促すように苦笑した。

「眠れないんだろ。 どうすんだ?」

イヴは男を凝視して、ガタガタと白い息をこぼしている。
男は苦笑を保ったまま、器用に10秒間を過ごした。


11秒後のことである。


「どうすんだオラアアアッ!!!」
「イヤダアアァッ!!」

大剣を振りかざし、血走った目で雄叫びをあげる男に、
イヴは背中の海を踏みつけて、こけつまろびつ逃げ出した。
踏まれた背、踏まれてもいない背が、近場から徐々にむくむくと起き上がる。

「……何したの。アレグレット」

肘をたてて上身を起こし、気怠げに長い銀髪をかきあげた足元の女に、
男───アレグレットは振りかぶった大剣を白々しく下ろした。

「俺は。何もしていない。今回は」
「したよ!! 気持ち悪いこと言ったよ!!」

背中の海原を渡りきり、部屋から出られるドアに背中をはりつかせて叫ぶ、
すす色のてるてる坊主。
面倒そうにふりかえった、多くの眠たげな老若男女の顔に叩きつけるように、
イヴは渾身の声をはりあげる。

「眠れないなら、おおおおオトギ話!!してやろうか、って!!!」


部屋は、寝静まっていた時よりも遥かに、静かになった。


壁に背と手をはりつかせたまま、息をつめているイヴから
怪訝そうに皆を見下ろしている、アレグレットへ。


ぐるりと旋回した50近くの顔が、一斉にわめきだした。


「アレグレットが悪い!!!」
「アレグレットがお伽噺……?」
「どうせ森に迷い込んだこどもが斧で狼を虐殺しだすんだろ」
「無理にフィクションに頼らなくていいよ、もうアレグレットがおとぎ話だよ」
「いっそ絵本に帰ったら? 仲間が暖かく迎えてくれるわよ、怪物が」
「あー、目が覚めた」

言うだけ言い、のそのそと床に寝ころんでいく人々。

ひとり、アレグレットの傍で身を起こしている銀髪の女だけは、
床に頬杖をついて楽しそうに笑っている。
アレグレットは仏頂面で、女の視線をさえぎるように大剣をおろした。

「何だ」
「いいえ? どんな夢お伽を聞かせて下さるのかしら、って」
「もう話さん。気が失せた」
「そう? 残念、損をしたわ。ねえイヴ」

女は仰向けに寝転がり、恐る恐る壁伝いにカニ歩きして戻ってきたイヴを見やる。
イヴは気まずそうに、暗がりの壁にぺとりと貼りついて、
再び暖炉前に腰をおろしたアレグレットを、ちらと伺った。

アレグレットは、落としていた視線をギロリとイヴに差し向ける。
ぎょっと顔をそむけるイヴ。
さらに白目の中で、逃げうる限りに紫紺の瞳をそらしている。

「おい」

ドスの利いた、低い声が囁いた。
イヴは目を横に逃がしたまま、強張った顔だけを何とか、声の主へ向ける。
しばらくの逡巡のあと、
イヴはようやく、暖炉の方を見た。

たくさんの仲間の背中が、床を埋め尽くしている部屋。
その端に横たわり、優しげにイヴを見ている銀髪の女。
暖炉の前で大きな剣をひざに置き、火影に照らされているアレグレットは
イヴをまっすぐと見据えている。


やがて彼はふっと、微苦笑した。


「緊張はとれたか」


大剣を担ぎ上げ、アレグレットは壁に張り付いたイヴに歩み寄る。

「初戦の夜は、誰でも緊張する」

大きな手のひらで、釘付けになって見上げるイヴの額をぽんと叩き、
横を通り過ぎるアレグレット。
イヴは呆けた。
呆けたまま振り返り、うわごとのように、大きな背に問いかける。

「アレグレット、も……」
「アレグレットは、とくべつ」

銀髪の女は身を起こし、軽く伸びをした。
妖艶な容姿に似合わぬ、無邪気な笑顔をうかべて、彼女は付け足す。

「と。いう事にしておきましょうか。一応この国のリーダーだから」
「リーダーじゃない」

間入れず、淡泊な声が割り込む。
アレグレットはどこか近寄りがたい気配をにじませ、
二人に背をむけたまま呟いた。

「ヴァルシスに、リーダーは居ない。100年前からそれは変わらない」

迷いのない言葉だった。
銀髪の女はそっと目を逸らし、ひとりごとのように囁く。

「アリオンに勝って、ヴァルシスがアリオンから独立出来れば、
 最も独立に貢献した者が王になるんじゃないの? 民衆の支持を得て」
「ここはそういう場所じゃない」
「アレグレット。もし戦争に勝ったら」
「ヒュイ」

わずかに振り返る素振りをして、アレグレットは再び、銀髪の女───
ヒュイの言葉を遮った。
伏せがちに顔を背けたままのヒュイを一瞥し、
アレグレットは突き放すように扉を押し開く。

「……俺の先祖の前で、そういう話はしないでくれ」

振り返らず、広間を出て行くアレグレット。
パチッ、と大きく、くずれた薪が火の粉を散らした。
部屋は不気味なほどに、物音ひとつ、寝息ひとつ無い。
小さく息をついて、ヒュイは肩をおとした。

「先祖の前だから、したのよ」

ヒュイが哀しげに見上げる先にならって、イヴもそっと顔をあげる。
部屋をぐるりと取り囲んでいる、たくさんの男の肖像画。
最も絵として年若い、まだ新しい肖像画の中に、黒の正装を着た、
実物よりいくらか威厳のあるアレグレットがいる。

イヴはそれを見上げながら横目で、黙っているヒュイを心配そうに盗み見た。
ヒュイは頤をあげ、哀しそうに微笑んでいる。
憂いげな、深い蒼の目にゆらぐ火影。銀の長い髪が橙に透きとおっていて、

イヴは思わず、彼女の横顔に魅入った。


「本当にアレグレットは、メルヘンな男だよね!」


地響きのような、ずぶとい声だった。
びくぅっ! と、肩を跳ね上げるイヴ。
四方上下を目まぐるしく見回し、誰も起き上がっていない室内に目を白黒させ、
やがて笑いをこらえているヒュイと目が合う。

「な、な……なに、どこ、誰?!」

顔を真っ赤にしながら口をぱくつかせるイヴに。

「は、はじめてこの屋敷に来た時は、私もそういう反応をしたわね」

ヒュイは涙が出るほど笑って、扉の方を指さす。


不意にガシャッ!と音をたてて、扉の横の鎧が首を傾げた。



「もう、存在がメルヘンですからね! 英雄シャイエの第一側近の家系ですからね!」



兵士の鎧は誇らしげに胸をはり、剣をかなぐり捨て、
ガショッ!! と諸手をあげて絶叫した。




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英雄の伽《とぎ》 第三章 メルヘン Ⅰ

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イヴは目を閉じ、檻に背を預けて座っている。

コンテナの中は、とても静かだった。
振動もなく、音もなく。これといって灯りもない暗闇だが、
ものをかたどる全ての輪郭───檻の鉄格子や、天井につながれた首輪の鎖、
コンテナの箱状のライン───が、蒼くほのかに発光している。
しかし、それらの輪郭は時折、ノイズが入ったように波形状にぶれたり、
にじんだようにぼやけては、ぴっと輪郭にもどったりを繰り返していた。

音はないが、少々騒がしい。
イヴはもたれた檻がぶれるたび、閉じた瞼を不快げに、ぴりっと痙攣させた。

ふいに、ベコッ!とコンテナの天井が沈み込む。
檻の中に流れ込む鎖。それにしこたま、アタマを叩かれ───
「おい!!」
イヴはついに、天井をどなりつけた。
「嫌がらせか!? 維持も出来ないヘタレか!? 
 どっちでもいいやちったあ安眠させろ!!」

応えるように、ひときわ乱れるライン。

檻に覆い被さるまでに低くなった天井を睨み、イヴは舌打ちする。
イヴの座り込む床板が、じわりと赤い光をにじませていく。
いっそう狭まっていく空間を見上げ、身動きも取れずに、イヴは鼻で笑った。
「ペンデュラムラインに、生きた人間を幽閉あげく空間拷問……?」
虚ろな目で、うつむくイヴ。軋む空間のなか、床の赤が目映(まばゆ)くなっていく。

「……ヴァルシスの民なら、死罪だ」

紅い光がひび割れた。
イヴの足元で、藍色の穴が口を開ける。

藍の中に背中から落ちながら、
イヴは自分に悲鳴をあげてついてくる首の鎖と、
鎖が繋がる、今や紅と藍がグラデーションをなす夜空のような天井をかすめ見た。



「首吊りで死ぬとは、思わなかったな」



嘲笑めいた呟き。
たわみを伸ばしきらんとする鎖、
天井と自分を繋ぐ、いまや首つりの縄となった鎖を、
イヴは噛み切りそうな目で睨みつけた。



視界がブラックアウトする、その瞬間まで。






英雄の伽 第三章  メルヘン



 

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